暇つぶしに悪魔を召喚してみた

暇つぶしに悪魔を召喚してみた

「そうだ悪魔を召喚しよう」

 と、茜《あかね》は思った。これといって理由はない。強いて言えば『出かけるのはめんどくさいが、非日常の刺激もちょっとは欲しい』気分だった。なにより今は歩いて一分のコンビニに行くことすら面倒なのだ。
 なれた手つきで悪魔召喚の準備をする。

 いかにも玄人なオーラを出している茜であるが、実は召喚二回目の素人だ。

 先回、はじめての召喚では、仏壇用のろうそくと、IHにもガスコンロにも使える便利なお鍋と、あと百均の安いアロマを焚いて、生活感溢れるワンルームをトイレの芳香剤っぽいにおいでいっぱいにした。そんなお粗末な召喚から、なにも進歩していない。まがりなりにも召喚に成功した経験が、彼女に分不相応な自信を与えていた。もちろん、生贄は怖くて用意していない。

 これではまともに悪魔を召喚できるわけがない。

 茜は、年中出しっぱなしにしているこたつに入って、わくわくしながら悪魔の出現を待った。待てど暮らせどリアクションはなかった。

 それでもなお、彼女は辛抱強く(デイリーミッションを消化しながら)悪魔が召喚されるのを待った。ひととおり(ゲーム内で)やることを済ませてしまってもなお、悪魔からはうんともすんとも言ってこないので、さすがにテンションが下がってきた。もしかしたら召喚に失敗したのかもしれない。

 正しい悪魔の召喚方法を検索しようと思ってゲームを閉じた茜は、こたつの上にタブレットしかないことに気がついた。スマホが見当たらない。

 こたつの天板に手をついて立ちあがり、まるで帰宅を促す飼い主に抵抗するいぬっころのように手足を突っ張らせたそのときだった。

 どこからともなくバイブレーションの音がした。

 茜は四つん這いの姿勢のまま、あたりをきょろきょろとみまわした。すぐにスマホのありかを思い出した。

 洗濯カゴの洗い物の中からスマホを発掘する。着信がある。「03-0000-0000」とかいう、見るからに怪しい番号からだ。

 不審に思いつつ、しかしなんだかんだ蛮勇の持ち主である茜は、コンマ一秒悩んでからその電話に出た。

「……」

 名乗ろうかどうか悩んでいると、こちらの空気を察したように、電話の向こうの人物が話しだした。

「お問い合わせありがとうございます。デビルサマナーインダストリアルの寺田と申します。佐倉茜さまのお電話でよろしいでしょうか?」
「あ、はい……」

 凛としたできる女オーラに圧倒されて、茜は素直に肯定した。

「ありがとうございます。先ほどお手続きいただきました悪魔召喚の件で、お電話致しました。少しお時間を頂いてもよろしいでしょうか?」

 もとより茜は、相手を威圧することはあっても威圧されることは稀だ。茜が柄にもなくうろたえてしまったのは、寺田の毅然とした口調に隙がなかったせいでもあるし、そのくせ電話番号も会社名もツッコミの余地だらけで、そのギャップに脳みそが混乱してしまったせいでもある。

 寺田は電話越しに相手の困惑を察すると、もういちど名乗り直し、今年度から魔界のテレワーク推進プロジェクトにより召喚もデジタル化した件を懇切丁寧説明してくれた。

 説明をひととおり聞いただけでは中身が頭に入らなかった茜だが、寺田の五回目の名乗りあたりで、ようやく事情が呑み込めてきた。

「つまり、えっと、いまはもう悪魔召喚を受け付けていないってことですね」
「わたくしの説明が不足しており、まことに申し訳ございません。召喚要請は、従来通り変わらずにご利用いただけます。ただ、今年度より魔界の働き方改革に関する魔王勅命及びサタノミクス・三本の角の表明を受けまして、弊社も大幅な事業見直しを行った結果、すべての悪魔派遣をテレ・イグジスタンスに切り替えさせていただいております」
「あ、さっきもでてきましたね、その言葉。テレイグなんとか」
「失礼ですが、テレ・イグジスタンスでございます、佐倉様。ところで、お手元にサマナー協会規格を合格した投影機、ないしはVA機器がございますでしょうか? そちらをお持ちであれば、すぐにでも最新の簡易悪魔召喚がご利用になれます。また、現在『祝新元号記念 おうちでおてがる♪ 悪魔召喚キャンペーン★』を実施中です。八月末までのキャンペーン期間中は、通常価格の二〇%オフで悪魔召喚がご利用いただけるお得なサービスとなっております」
「な、なるほどぉ……」

 茜は相変わらずしどろもどろしていた。

「ということは……つまり、悪魔が3D映像的なもので出てくるってことですよね……?」
「佐倉様のおっしゃる通りでございます。こちらは、魔界の悪魔が携帯回線を通じて端末と同期し、リアルタイムでの通信をおこなうシステムとなっております。そのため、今までよりもさらに迅速な召喚対応が可能です。また、最新鋭の『立体映像空中投影システム』や『空間3Dサラウンド』を導入することで、悪魔が目の前に降臨する臨場感を、今までと同様にお楽しみいただけますのでご安心ください。恐れ入りますが、佐倉様の携帯端末が7G回線に対応しているかどうかはご存知でしょうか? 対象機種であれば、サマナー協会の公式アプリをインストールしていただくことで、すぐにサービスをご利用いただけます」

 茜はなんとなく「メイドカフェに行ってみたらメイドさんが全員3D投影像だったという光景」を想像してみた。

「……なるほどぉ。ちなみに私の使ってる回線はたぶん4G、ですね」
「!」

 クールビューティ寺田(少なくともボイスは)が、日本語では表記が難しい感じの素っ頓狂な声を出した。茜は冷静に続けた。

「そもそも5Gもはじまったばかりですよ。7Gってなに時代の代物ですか? 未来方向に時代錯誤してる人に遭遇したのは初めてです」

 この瞬間茜の中で、クールビューティ寺田の攻略方法が確信めいて浮かび上がってきた。

 やつの本質はボケだ。

 どこまでも真顔でボケを繰り出し、相手がダウンするまで容赦しない、冷酷無比のボケ・オブ・ボケだ。

 だが対処法が全くないわけではない。まず相手は「私は誰よりも常識人ですが?」的なふてぶてしさで攻めてくるが、決して怯んではいけない。正論でもって迎え撃てば良い。純粋に「常識」VS「常識」、力と力の正面衝突に持ち込むのだ。

 すると相手はボケの上書きによって反撃してくる。「むしろそっちがボケですよね?」みたいな空気を醸成してくる。あたかも「世論を巻き込んだ情報戦をやっています」みたいな大げさなオーラでこちらを威圧してくる。が、やはり怯まず正論を投げ続ける。

 大義はまちがいなくこちらにある。寺田のボケ亜空間の生み出す異常世界の「常識」は、圧倒的多数の支持を受けた大正義「常識」に比べたら小さなもの。それを身をもって分からせてやれば、こちらの勝ちだ。

 茜は俄然、やる気が湧いてきた。

「それから一つ伺ってもいいですか?」
「たいへん申し訳ございませんが、ご質問の内容によってはお答えできない場合がございます」

 寺田はそつなくけん制してくる。

「そちらの電話番号は03から始まっていますが、東京都内に悪魔関係の団体が拠点を設けていると、理解してもよいのでしょうか」
「まことに申し訳ございませんが、わたくしからはお答えできかねます」
「わかりました。じゃあ質問を変えます。寺田さんは、名前からして日本人ですよね?」
「自宅は二十三区内でございます、佐倉様」
「二十三区内から、どこに通ってるんですか?」

 とたんに気まずい沈黙が流れる。寺田さん、自分のプライベートのことには意外とオープンなんだな、と思いつつ、

「オフィスは東京? でも魔界に本部があるはずですよね。寺田さんは魔界に通勤してるんですか? そういえば前から疑問に思ってたんですよ、大江戸線ってなんであんなに地中深いんだろうって。あと経路も意味深ですよね? ひょっとして東京都庁から先は異世界に繋がってる? って普通は疑うじゃないですか。あっ、もしかして練馬区の地下に魔界が広がって――」

 と、畳みかけたところで、相手がいきなり変化球を放ってきた。

「恐れ入りますが、もしお客様の端末が7G未対応でございましたら、このお電話で召喚物のお手続きを進めさせていただくことも可能です」

 茜は思わず食いついた(それが寺田の罠とも知らず)

「それ! 7Gってかなり絶妙に近未来なんですよ。まだこっちじゃ5Gもこれからなのに。そりゃもちろん、日本で一番はやいのは東京ですよ。それは認めますけどね、でも東京だってまだ6Gは気配くらいしかないですよ。寺田さん、さっきから時間軸が変ですね? やっぱり魔界に通勤してるんじゃないですか? そう考えないと辻褄が――」

「お客様のご注文をこちらで本部にお取次ぎさせていただき、魔界から取り寄せたものを改めて東京オフィスから発送させていただく形となっております」
「東京オフィス!」

 茜はスマホを握りしめ、ガッツポーズをした。重要な情報を引き出せた!

 だが策士・寺田は、それしきの失点では怯まなかった。むしろこれは彼女にとって、勝利を確実なものにするための撒き餌に過ぎない。

「一番人気は宝くじでございます、佐倉様。今の時期でしたらドリームジャンボがご利用いただけます」
「え……宝くじ?」

 いや、突っ込むべきところはそこではない。人間界の東京オフィス経由で悪魔に召喚を依頼することは百歩譲って許すとしても、そこから発送するとは、いったいどういう了見なのか。悪魔だったら、ちゃんと最後まで責任をもって、召喚陣とかで依頼主の部屋まで届けるべきではないか。

「たいへん申し訳ございませんが、ドリームジャンボはバラのみご注文を承っております。十枚からの召喚になりますが、数量はいかがなさいますか?」
「いや、そういう問題じゃなくて……」
「恐れ入りますが、佐倉様はすでに悪魔召喚手続きに入られていますので、このまま召喚をキャンセルされた場合、返金のお手続き等を承ることが一切できません」
「え、そうなんですか? ひどくないですか?」

 すると寺田は神妙な声になった。

「貴重なご意見をいただきありがとうございます。しかしながら、わたくしどもは全社的な方針といたしまして『悪魔的な』サービスを提供しております。お客様におかれましては、ご理解いただけますようお願い申し上げております」

 悪魔だからひどい。けだし正論である。茜はなにも言い返せなかった。

「わかりました。でも宝くじ以外には、なにかないんですか?」
「悪魔の手作りクッキーアソートと、魔界で大人気のボードゲーム『リアル・ソールイーター』をお選びいただくことも可能です」
「そのほかには?」
「たいへん申し訳ございませんが、その他のラインナップは現在誠意準備中でございます」
「事実上の三択じゃないですか。ちなみにそのボードゲームは、負けたら魂が抜けるとかそういうやつじゃないですよね」
「ご安心ください。そのようなケースは、現時点ではまだ確認されておりません」

 茜は顔をしかめた。このラインナップなら宝くじ人気もうなずける。クッキーアソートもボードゲームも、出所が魔界かもしれないので安心して受け取れない、と思うのがまともな人間の心理だろう。だが少なくともドリームジャンボ宝くじは、発行元が人間界だ。

「じゃあわかりました。宝くじ十枚で」
「ありがとうございます、佐倉様! ファックス注文票を送信いたしましたのでご確認ください」

 寺田が言い終わるやいなや、メールが入った。タイトルは【お問い合わせありがとうございます】。送信元は y-terada@devilsummoner.co.jp 。よく見ると添付ファイルがついている。

「佐倉様のお手元にメールが届きましたでしょうか?」
「……はい」

 茜は「メールで送信されたファックス注文票」という、破壊力の高い代物を目の当たりにして、SAN値の急速な低下を感じていた。しかもメールが届いたかどうかを電話でリアルタイムで確認されているという事態に、強くめまいも感じていたが、彼女はなんとか耐えきった。

 タブレットのほうでPDFファイルを開いて、必要事項を記入して、保存して閉じた。そのあいだも、電話は寺田とつながっている。

「ありがとうございます。それでは添付ファイルの開き方をご説明いたします」
「※欄にぜんぶ入力しました」
「さっそくのご記入ありがとうございます! お手数おかけしますが、そちらのファイルをご自宅のプリンターで印刷していただき、申込用紙の一ページ目だけをこちらにご返信ください。番号は二ページ目の末尾にございます」
「あの……これ、ファイルのままメールで送り返すんじゃダメなんですか?」
「恐れ入りますが、7G回線をご利用でないお客様はファックスでお手続きをしていただくという形になっております」
「7Gとファックスの二択って、ちょっと極端すぎません?」
「規約となっておりますので」

 と、寺田は虎の子の規約を持ち出してきた。

「せめて電話で注文も受けつけましょうよ」
「たいへん申し訳ございません」
「……わかりました! ファックスで送ります! どうもありがとう!」

 そう言って、茜は寺田の二の句を聞かずに電話を切った。どんな正論も、規約を盾にした組織人には通じないので、これ以上話し合っても無駄である。

 茜はインターネットファックスサービスをぺっと検索してぺっと登録してぺっと送信した。今日は本当に、家から一歩も出る気がないのだ。

 

 後日普通に郵送されてきた宝くじは、さらに後日、なんと五万円が当たっていた。ちなみに今回の召喚費用は一〇五六〇円(税込)だった。もしろこっちが儲かっている。実は良心的? それとも単に運が良かっただけか。

 ちょっと気になって「デビルサマナーインダストリアル」を検索してみたら、宝くじが「悪魔的に」よく当たる売り場として話題になっていた。ただ、「7Gテレイグジスタンスで召喚しました!」みたいな時間軸のおかしいレビューも多かっので、彼らの実体は依然謎のベールに包まれたままだ。

(監修:C.W.すじこ)

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