小説投稿サイトって読者と作者と、あと出版社のことしか考えてないよねという話

小説投稿サイトって読者と作者と、あと出版社のことしか考えてないよねという話

 カクヨムが「Web小説を書く人が直接収益を得られる環境作り」を打ち出したり、LINEノベルがローンチされたり2019年度のWeb小説界隈は熱いですね( ‘ω’)! その熱気に便乗できるうちに、「ぼくのかんがえたさいきょうの小説投稿サイト」の話を書こうと思います。

 なんでかっていうとね、LINEノベルの投稿ページをみてみたんですが、ぶっちゃけカクヨムと大して変わらないよな? それと、やっぱり読者と作者と、あと出版社のことしか考えてない。

 ちがうんだよ、おまえら。「もう一人のプレイヤー」の存在にはやく気づけ。ECサイトあたりは、はやくからその存在に気づいて評価ツールを用意してるじゃないか。

 確かにさ、PVを見れば作品の市場価値はだいたいわかる。ランキングを見ればなにが人気か一目瞭然。「もう一人のプレイヤー」なんて、いまほどデータが活用できなかった時代の遺物だろとか思って無意識に、ごくナチュラルに無視してるかもしれない。

 でもさ、いまこそ「もう一人のプレイヤー」の出番じゃないか? 「もう一人のプレレイヤー」は、ランキングによる淘汰圧を緩和してWeb小説全体の多様性を担保するし、あと彼らはその辺の小説書きよりも遥かに創造的な活動をしている。どこの馬の骨とも知れない作品に、評価を通じて「読む価値」を与えるから。

 だいたいみんな、評価のまっさらな小説の良し悪しなんて、よくわからないんだよ。だから他人の評価に頼る。わかりやすくランキングに頼る。ぶっちゃけぺこさんもそうだよ。ランキングの順位の高いほうが面白そうに見えるじゃん?

 だけど、なかにはランキングとか気にしないで、自分の中に確固たる評価軸を持って、膨大なデータの海から良作を掘り出してくる強者つわものがいるでしょう。
 そういう強者どもを、純粋に読書だけを楽しみたいピュア読者と一緒くたにして、その創造的活動にスポットライトを当てないなんて、もったいないと思います。

「もう一人のプレイヤー」っていったい誰

 「もう一人のプレイヤー」っていうのは、評論家や批評家、あるいはキュレーターもここに加えてしまっていいと思います。読者ではあるんだけど、純粋に小説を読みたい、いい暇つぶしが欲しい、という読者とはずいぶん毛色が違う。ゴイサギとね、ヒクイドリくらいは毛色が違う。もちろん「もう一人のプレイヤー」はヒクイドリだよ。ときに人生をターミネートさせる力を持つからね。

 純粋な読者って、そもそも小説投稿サイトに登録しません。する必要を感じない。なので、「ぼくのかんがえたさいきょうの小説投稿サイト」の第一条件は、登録なしで小説が読めることです。あと、登録なしで感想を書いたり作者と交流したりできる。

 読者登録すれば、評価点を入れられるようになる。長文のレビューが解禁される。ブックマークリストも作れるようになる。

 こうしたツールを、読者活動の深度に応じて使ったり使わなかったりしたらいいと思う。

 なんだ、それじゃあ、今の小説投稿サイトと変わらないじゃんって、思うだろ。
 ちげーんだよ。

 それらをレビューやブックマークリストを「作品として」評価できるようにするの。イメージとしてはレビューサイトやキュレーションサイトを抱え込んだ小説投稿サイト。
 ECサイトだと、レビューが有用かどうかを評価する仕組みがあるでしょう。それとレビューアには活動履歴によってランクがついてたりする。小説投稿サイトも、それをやったらいいと思います。

 こうしたレビューや感想、ブックマークリストは、読者のマイページでも一覧し、すぐに辿れるようにする。そうすると、この人はこのジャンルが好きとか、このジャンルに造詣が深いとかが第三者にわかり、読者アカウントでブランドが築けるようになります。○○さんの選んだゾンビものはかわいい的な意味で間違いがない、みたいな感じにね。

 またPV数が少ないものを取り上げれば取り上げるほど読者ポイントが多く獲得できる、みたいな仕組みを導入すれば、作品ランキングの良いカウンターパートになります。

 作品ランキング自体はスターを生み出す仕組みとして優れているので、投稿サイトにはぜひとも欲しい存在だけれども、いままではあまりにもランキング偏重だったから、片輪のはずれた車のように多様性を轢き殺す暴走車両と化してたんじゃないかと思う。

作者の収益化を試みる前に、「もう一人のプレイヤー」がウェブで食える仕組みを整えるべき

 私も作者の端くれなので、昨今のWeb小説の収益化の流れは好意的に見ているんですが、市場価値の創出の順番からいえば、評論家やキュレーターがウェブ食える仕組みを作るほうが先ではないかと思います。

 未だ市場には出ていないものや、データの裏付けがついていないものに評価を与える人こそ、確かに新しい価値を創出しているわけであって、Web小説の発展にとっては、作者の収益化以上に「優秀な目利き」の育成とその収益化を真剣に考えなければなりません。

 もし彼らの活動が完全に機械化される日が来るとしたら、その頃にはきっと小説執筆も完全に自動化されていることでしょう。それくらい優秀な目利きの活動には高い創造性が求められます。じゃあ優秀じゃない目利きの活動は? 創造性は要らないの? 要らないんじゃない? それこそランキングがあればいいよ(適当)

 さて「もう一人のプレイヤー」の食い扶持なんですが、それはもう、星の数ほどいる作者相手に商売したらいいです。ひとまずはレビュー依頼やキャッチコピー依頼を有償で受けられるようにしたらいいと思います。ほかにも、ブロガーがやってるような仕事はだいたいできるから、例えば作者相手に道場的なオンラインサロンを運営するとかいうのもありなんじゃないかしら

 読者相手に広告収入を得るっていうのも普通にありですけどね、還元の手数を考えると、運営側に体力がないとたぶんしんどい。それにweb小説のレビューでは高単価の広告を望みにくい。でも、やれるんだったら、あるに越したことはないと思います。

「ぼくのかんがえたさいきょうの小説投稿サイト」は作者だけでなく「もう一人のプレイヤー」もすくすくと育つ場所

 理想を言えば、目利きな読者が、作品を探す手間を省きたいその他の読者の支持を得てコミュニティを形成できるような場が欲しいです。作者と同じく、目利きな読者もクリエーターとして扱うべきです。だって実際に価値を創出してるんだからクリエーターですよ。まるで読まれない作者よりもはるかにクリエーターです。

 そこまで本格的な評論家じゃなくても、例えば特定の作者の熱烈なファンで、その人の作品は全部読んでる、なんならめっちゃ語りたい、ていう人がいるとする。でもその作家さんは膨大な数の小説を書いていて新参にはどれから読んでいいのかわからない。そこで、そういう熱烈ファンさんがレビューを書いたりすると、これから読もうという人には良い羅針盤になりますよね。熱烈ファンさんは、その作者の作品限定ではありますが、誰よりも確かな評論家になるんです。作者だけでなく、そういう人を中心にしたコミュニティが投稿サイトに内包されてても良いと思います。

 評価をランキングだけに頼ることは、可能性の芽を潰し過去の安易な再生産を繰り返す危険と裏腹です。多様性を担保するためにはランキングに依存しない評価がどうしても要る。それは高い創造性を求められる仕事で、できるのは優秀な目利きだけです。

 優秀な目利きは一朝一夕には育ちません。作家がウェブで育つ時代なのだから、評論家もウェブで育つ時代じゃない?

 優秀な目利きが育てば、ピュア読者にとっては目新しくかつ品質の保証された作品に出会う機会が増えるし、作者にとってもリアクションを得る機会が増えて新しい挑戦へのモチベーションにもつながるし、いろんな方面でウィンウィンウィンです。

 少なくとも、多様性のない文化に明日はないじゃん。優秀な目利きが活動を蓄積してブランドを構築できる場にしていけば、小説投稿サイトはカンブリア紀の海みたいな素敵な場所になると思います。