1-崩壊する最強の未来像-04

 司祭(仮)がくるっとこっちを向いて、すぐに顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。ルナと同じ黒髪だけど、くるっくるの天然パーマ、ほんのり甘さの残る童顔で、あのスマートな動きに似合わぬ初心なかわいらしさだ。
 でも、王宮で働いているってことは、少なくとも私よりは年上なんだろう。
 ぼさっとしていると、気持ち上ずり気味に司祭(仮)が言った。
「は、はやく穿け」
「?」
 癇癪起こした小さな男の子みたいに顎にぎゅっと皺を寄せて、Xによってはぎとられたパンツとショーツを指さす。
 ぎゃっと叫んですぐに服を回収した。すっぽんぽんのままぼんやりしているなんて、とんだ痴女だ。これじゃあXのことをとやかく言えない。
 私が慌てて服を着る間に、司祭(仮)はXを抱えて逃げるように花畑から姿を消した――のかと思ったら、すぐに戻ってきた。Xの身柄は他の人に託したのだろうか。痴漢を野放しにしていないか心配だ。
 花畑の中に落ちていた肩掛け鞄をひろってきてくれる。制服なのか、白手袋をしているのがなんとも紳士的だ。痴漢されかけたからか、生の手が出ているのといないのとではこうも安心感が違うのかと、目から鱗が落ちる思いだ。
「持ち物はこれで全部ですか?」
 つっけんどんな口調から一転、とってつけたような仕事モードなのが、また初心な感じだ。
「あ、あの、助けていただいてありがとうございます」
 お礼を言うと、司祭(仮)はまた顔を真っ赤にしてもじもじとしはじめた。さっきの破廉恥な格好を思い出して、こっちの方がはずかしくなってくる。
 私のことを頭のてっぺんからつま先までじろじろと見つめて、首をかしげる。本当に、心底わけがわからない、とでも言いたげに。
 司祭(仮)はしどろもどろ言った。
「先生が呼んでいます。もう一度医務室へ行ってください。許可が下りれば、私がお宅まで送っていきます」
「えっと、その」
「不安でしたら、私の代わりに女性士官をつけます」
 私はぶるぶると首を振った。
 目の前の彼に、変質者のオーラは欠片もない。きっとまともな人だ。同じ男性とはいえ、さっきの不審者と同じに扱っては申し訳ない気がした。
 医務室には女医さんがいて、かるく喉を見られたり心音確認されたりしただけで、すぐに解放された。
「緊張し過ぎよ。もっとリラックスしなさい」
 と、女医さんの口調はそっけなかったけれど、ほんのりといたわりを感じて涙が出てきそうになる。
 明日は実技、明後日は面接が待っている。
 前半の筆記でどれだけ点が取れているかわからないから、本当はまだ逆転可能なのかもしれない。けれど肝心なところで体調不良になったことはチェックされているわけだし、プラスの評価にはならないだろう。
 また胃が痛くなってくる。
 とはいえ試験への心配が勝って、痴漢に遭ったことの衝撃が多少は和らいだのはありがたかった。

 王都では珍しい車に乗せられて、宿の前で下ろしてもらった。司祭(仮)は、わざわざ車から降りて宿の入り口までついてきた。熱心に外壁や中の様子を確認している。実は生粋のセレブで、庶民の宿が珍しくて仕方がないのかもしれない。
 改めてお礼を言うけれど、彼は上の空で「ああ……ではまた」と返事をする。
 ではまた? もう会うことはないと思うけどね。
 私が宿に入ると、何食わぬ顔で一緒についてくる。さすがに部屋までのエスコートは不要だ、と断ろうとするが、口を開きかけたときにはもう姿を消している。セレブ(?)の行動はまるで読めない。これが異文化コミュニケーションというやつか。
 宿の一階では、ルナが片隅のテーブルで真っ青な顔をして座っていた。私たちの足音に顔を上げて、弾かれたように立ち上がった。
「お姉ちゃん!」
「……遅くなってごめん」
 とたんにルナが顔をくしゃっと歪めた。
「ごめんじゃないよ! 心配してたんだよ!」
「ごめん。ご飯はどうした? 食べた?」
 ルナは深刻そうにうなずいた。
「お姉ちゃんは?」
 私は首を振った。するとルナがはにかむ。
「よかった。お姉ちゃんのためにサンドイッチ作ってあるの。食べて食べて!」
 空元気なのか、私の手をひっぱってスキップぎみに部屋に向かうルナはなんだか寂しそうだった。私との買い物を実はかなり楽しみにしていてくれたのかもしれない。
(ごめん、ルナ。お姉ちゃん、テストもダメっぽいし、なんかほんといろいろとごめん)
 心の中でこっそり詫びて、上辺は和気あいあいとサンドイッチを食べた。マスタードと絶秒な加減の塩味が、なぜだか目にツンと来た。
 翌日の実技試験にも、習慣でファントムを持っていきそうになって、前日のようにルナに止められた。会場に指定された東塔エリアではランダムに武器を支給されて、即席チームで簡単な人質救出ミッションをやらされた。実地での判断力やチームワークをみられたはずだ。
 筆記試験の失敗で、良い具合に肩の力が抜けていたんだろう。周囲と違って自己アピールにあくせくすることもなく、気がついたらミッションに没入していた。無事、人質のいる部屋に突入・制圧して、達成感にほっと肩の力を抜いたところで、実技試験は終わった。
 予定どおり早めに宿に戻って、ファントム片手に意気揚々とルナと街に繰り出す。
 その頃までには、痴漢に対する怯えはほとんど消えていた。我ながらタフネスだ。試験に失敗しても案外力強く生きていけるかもしれない。
 あのときは調子が悪かったし、ファントムもなかった。まともな体調なら、脚なんか触られる前に犯罪者の股間を撃ち抜いていただろう。ゴミクズどもめ。血だらけの股間をおさえて泣き叫び、のたうちまわるがいい。
 なんていう楽しい妄想をしていたせいか、王都初日にしょっちゅう出くわしたルナを狙う厭らしい目をした不埒な連中は一匹たりも現れず、非常に快適な買い物を楽しむことができた。
 ルナは私の腕をつかんで、あっちの店、こっちの店と連れまわす。まるで生まれて初めて蝶々を見つけた子猫みたい。かわいらしいったらありゃしない。
 小物のお店ばかりめぐって、なにを買いたいのかと思いきや、
「みんなに王都のお土産買おうと思ってるの……それと、はい、お姉ちゃん」
 あきれ顔で胸元からハンカチを一枚取り出して、私にくれる。
「むふっ、もしかして、これは私のためのお土産かしら」
「違うよ、お姉ちゃん。またよだれ垂れてる」
 ルナたんみんなにお土産なんて、ほんと気配りの塊。優しい子、なんて感動していたら、感動のあまりよだれが垂れていたようだ。
 ハンカチに染みついたルナの胸の香りをありがたくクンカクンカして、私はご機嫌でお小言を聞き流した。
 三日目の面接は午後からだったので、午前中はゆっくりと帰り支度をし、ルナと早めのお昼ごはんを食べてからお城に向かった。
 宿までルナが一人で帰ること思うと不安で仕方がなくて、目につく男全員に拘束バインドをかけて回りたかったけど、そういう迷惑行為は条例で禁止されているのでやめておいた。
 面接自体は初日にぶっ倒れたことにもとくに触れられなかったし、いやらしい質問も全然なくて拍子抜けなくらいだった。私はきっと合否の瀬戸際にはいないんだろう。成績が良い方なのか悪い方なのかは、今までの経緯を見れば一目瞭然である。
 せっかくの王都だ。
 ついでにめいっぱい観光でもしていこうと思うのが標準的な田舎っぺの思考だ。
 だからその日のうちには帰郷せずに、翌日半日は王都観光を楽しんでから帰ろうというのが当初からの計画だった。ルナも楽しみにしているはずだった。
 後にしてみれば、このとき取るものもとりあえず逃げ帰り、なけなしの家財を処分して、その足で国外に逃亡するのが正解だった。危険と言うものは、遭遇したときにはすでに危険、対処したときにはもう手遅れなのが世の常だ。

 面接が終って、すべての肩の荷が下りた夜。
 宿のおばちゃんが紹介してくれた、女の子だけで行っても安全な酒屋に行き、打ち上げと称してちょっとだけ豪勢な晩御飯を食べて、エールの代わりにスプラッシュ・ディープ・ジャスミンとかいうものを注文して、ルナと二人、その不味さにのたうち回った。この瞬間だけは、暗い未来を忘れようとはしゃいでいた。
 一人前に酔っぱらったふりをして、ふらふらと宿に戻り、おばちゃんにお土産と称して「毛長蜘蛛グミ」とかいうゲテモノを押し付け、
「わかったから、子供は早く寝なさい」
 と、思いっきり子ども扱いされて、それもおかしくてぎゃははと笑いながら連泊している部屋にもつれ込んだ。
 私が服も替えずにベッドにダイブすると、ルナが母親みたいな口調で咎めた。
「歯磨きもまだでしょ。あとシャワー浴びなさいよ」
「うん、あとで……」
「あっ、そのまま寝る気だ! やめてよね!」
「大きな声出さないでよ! お隣さんに迷惑――」
 そのときだった。こんこん、と控えめなノック音がした。
 私はがばっと跳ね起きた。
 ルナと顔を見合わせる。ルナはかすかに首を傾げてみせる。扉のほうに歩いていこうとする妹を、身振りで制止する。
 こんな風に部屋に直接訪ねてくる人間に心当たりはない。宿の人間ならば、そうだと名乗るだろう。真っ先に浮かんだのは王都に跋扈する不埒な男どもだ。宿のおばちゃんおススメの安全な店とはいえ、未成年の女二人で酒場に行った。そこで目をつけられたか。
 あるいは、それとは無関係に宿が襲撃されている可能性もある。
 外からこれといって物音が聞こえなくても、王都ではいつなんどきテロに巻き込まれるかわからないから油断は禁物だ、と近所のおねえが言っていた。
 耳を澄ませる。扉の向こうの不審者もまた、こちらの様子をうかがっているのだろうか。
 音を立てないようにベッドを下り、そろそろとファントムのケースに手を伸ばす。
 こんこん。
 また、機械のように正確なノック音がした。ルナが駆け寄り、ファントムのケースをあけてくれる。
 銃身を手に取ると同時に声を出す。
「はあい、ちょっと待ってね」
 ルナがすかさずマガジンを渡してくれる。それを極力そっと嵌めて、安全装置を外してやればファントムは発射準備完了だ。気の利いたオプションなんてなにひとつついていない。777はそんな職人気質なオヤジみたいな無骨な銃だけど、シンプルで扱いやすいのがなにより魅力的。
 ルナがドアまでの動線を確保する。
「いま、いきます」
 私は当たり障りなく返事をし、そこからダッとドアに駆け寄り、バンっと開けて、不審者に銃口を向けた。
 目の前には、試験初日に花畑で出会った司祭(仮)がいた。
 あの日と同じ詰襟の黒い祭服に白手袋。
 一見手ぶらのように見える。
(敵ではない?)
 一瞬の躊躇が仇となった。
 彼は、向けられた銃口に動じた風でもなく、まっすぐに私の腕をつかみに来た。
「なっ――!?」
 擬似爆轟のために手元に溜めていたエネルギーが、銃身には向かわず斜め上に吹っ飛んで、チュンと耳障りな音をたてて天井を抉った。
 司祭(仮)は涼しげな顔で私の足をはらい、流れ作業でひょいっとお姫様だっこする。私は銃を抱いて、銃口は顎の下に押し付ける格好になった。
 情けなく悲鳴を出しそうになった。
 ルナも怯えて、空のケースの傍で立ちすくんでいる。
 この体勢で、自分では爆轟を起こせないが、安全装置は外してある。
 万が一誤射すれば命はない。
 戦う前に打つ手を封じられるなんて、情けなさすぎる。最悪だ。
 悔しさに歯ぎしりしそうになりかけたところで、司祭(仮)が言った。
「抵抗はしないで、悪いようにはしないから。ただちょっと、一緒に来て欲しいところがある」
 それもまた余裕しゃくしゃく、週末にデートに誘うような気軽さなのが頭にくる。