1-崩壊する最強の未来像-01

 王子様に憧れたことがない、と言ったら嘘になる。
 なんといってもうちの国には、正真正銘イケメン王子なスハイオルト様がいる。しかも私たちと年が近い。もしかしたら私にもチャンスあるかも! なんていう、現金な妄想を膨らませることができるくらいには年が近い。
 小さい頃には「王子様、ゲットだぜ☆」みたいな妄想でみんなと盛り上がったものだ。そう、あの頃はまだ若かった。

 人間、十六年も生きれば、さすがに将来のことを真面目に考えはじめる。
 みんな急に大人になって、ガツガツしてる子以外は「玉の輿だ」なんて言わなくなる。ガツガツしてる子ですら、さすがに庶民の分際で結婚適齢期の王子に狙いを定める気高きホークアイみたいなのはいなくて、せいぜい金持ち貴族のジジイを引っ掛けてあわよくば遺産ゲットとか、そういう方向に狙いをシフトしていく。いつまでも夢見がちな野郎どもとは違うのだ。
 私はといえば、はやくも十五歳の時点で結婚は諦めていた。
 ブスだからぁ……、とかいう甘ったれた理由じゃない。自分で言うのもあれだけど、顔は悪くはないと思う。自慢じゃないけど「残念な美人ランキング」で堂々一位をとったこともある。どこでどういう手口で取ったのかは聞かないでくれ。
 残念と評される原因はわかっている。
 致命的な女子力の低さだ。自覚もある。女子力などというあやふやなものではなく、体力・魔力・スピードと言った確かな指標を、私は信じたい。
 ファッションのこだわりポイントもずれていると言われる。
 余計なお世話だ。
 例えば靴の耐久性にこだわるのはサバイバルの基本なのに、そこをあげつらって異端児呼ばわりはおかしいと思う。
 可愛げがないとか言われることもあるけど、それは私が優秀なスナイパー目指して常に獲物の存在を意識して暮らしているからだ。親がくれた素材とは関係ないだろう。
 ただ、髪は綺麗だねって、よくみんなに褒められる。地毛はほっとけばダークブロンドぐらいにおちつく。たまに魔力が昂って銀髪化してふぁさぁって逆立ち気味になったりするけど、基本は明るいブラウンのショートボブ。定期的に近所のおねえに連行されて、ばっさばっさ刈られる。ついでに商品開発がてらトリートメントとかされちゃったりして、悪い気はしない。
 ……失礼。容姿のことで少々熱くなりすぎた。
 結婚を諦めざるをえないのは、孤児だからだ。幼い頃に両親が他界して、かといって頼れる親戚がいるわけでもなく、客観的に見て他家が私を嫁に迎えるメリットはなかった。第一持参金がない。
 悩みに悩んだあげく、王国官僚を目指すことにした。
 幸い私には魔力があったし、両親も家と二人分の学費を残してくれていたから、技官なら狙えないこともなかった。コネがない時点で、キャリアは無理だなと思った。本当は連邦政府所属の魔術師になるのも憧れだったけれど、なによりも優先すべきなのは妹の幸せな結婚だ。下手に冒険して、大切な妹を路頭に迷わせることだけはしたくない。公務員になって収入が安定すれば、持参金が間に合わなくても借金で賄うこともできるはずだ。身元の保証人にもなれる。
 それが当時の私の考えた、最強の未来像だった。

 必死に勉強すること丸二年。地元での一次試験、州都での二次試験をパスして、最終試験を受けるべく、十七のとある夏の日、私は生まれて初めて王都の土を踏んだ。
 王都の第一印象は、
「城門やべぇえ」
 だった。広さといい高さと言い、なにもかもが過剰だった。我ながら語彙が貧困で舌を噛みたくなる。
 見上げると、天井が遠くて暗くても吸い込まれそうで、ぞっとして年甲斐もなく妹にしがみついた。そんな田舎者丸出しの私の隣で、妹もまた田舎っ娘らしく、珍しいものを探してきょろきょろするのに忙しい。
 妹は両親のどちらとも似ていない。さらさらと絹糸のように柔らかな黒髪は、おばあさまそっくりだと生前母さんが言っていた。
 小ぶりでつんと澄ました唇は、いつ見てもさくらんぼみたいに瑞々しくておいしそう。まつ毛が長くて夢見がちなまなざしは、どこか浮世離れしていておとぎ話のお姫様みたいだし、実際お人形さんみたいだなと思うことがある。こんな儚げな妹が、生きて息をしているだけでも奇跡なんじゃないかと思う。ああ、神様。お父さん、お母さん。奇跡の存在を造ってくださり、ありがとうございます。
 いつも代わり映えのしない白いワンピースを着ているけれど、うちが貧乏でなければ、たくさんドレスを買ってあげたい。妹はそれにふさわしい美人さんだと思う。背は私よりもちょっとだけ低い。それがなんとも言えずかわいらしい。もし「妹さんを僕にください」とかいう不埒な輩が現れたら、ドキッとして、愛銃ファントム777でヘッドショットを決めると思う。
 嬉しいことに、最愛の妹ルナが私の上京についてきてくれた。
 学校は夏季休暇中だし、私の合否は妹の今後にも大いに関係がある。それを差し引いても、
「だってお姉ちゃんのことが心配だもん。テスト中は私がごはん作ってあげるからねっ!」
 なーんてはにかむ妹は、やっぱり私の天使だ。
「ルナちゃん、ありがとう! お姉ちゃんうれしい! ぐへへぇ、王都でべろべろちゅっちゅなハネムーン、うれしいよ!」
 と、満面の笑みで抱きつこうとしたら、心底嫌そうに顔をしかめてアッパーを決められたのも、貴重なご褒美というか、良い思い出だ。

 王都で二番目に印象深かったのは、なんといっても、人の多さだった。
 私はお祭り騒ぎが嫌いだから、さっそく人間酔いしてやばかったし、にぎやかなのが好きなルナですら、半日も慣れない都会を歩くと、さすがに人の多さにうんざりしたらしかった。
 それに王都に来てすら、ルナのかわいらしさは霞まない。
 不埒なやつらがひっきりなしにナンパしてくるので、いちいち愛器ファントムをちらつかせて追っ払うのだけど、キリがない。
 王都初日、当たり前のように昼食を食いっぱぐれた私たちは午後も早々に宿に入った。
 宿と言っても食事はでないので調理用の共用スペースがあって、自分で調達してきた食材をそこで調理する。
「ちょっと、お向かいの市場に行ってくるね!」
 なんて、着いて早々さっそく気力を充填させて飛び出していこうとする鉄砲玉のような妹をなんとか押しとどめ、その日は私が食材を買いにいった。試験前日になにやってんだ、と言われれば返す言葉もないが、妹の安全を考えればこれくらいの配慮は当然だろう。
 不埒な野郎どもの脳漿をぶちまける手間と弾丸代を考えれば安いものだ。

 王都初日の夜はつつがなく過ぎた。試験直前でまともに寝られるだろうかと心配だったけど、ルナがいつものように同じベッドで寝てくれたおかげで、平常心を保つことができた。「いつまで妹と一緒に寝てるの? きもい」とか、心ないことを言われることもあるけど、うちはうち、よそはよそ。うちにはベッドがひとつしかないから仕方がない。ルナのマシュマロみたいなおっぱいをふにふにするのは姉の特権です。
 それでも試験当日の朝はさすがに緊張して、魔力があふれてうっかり宿のスプーンを捻じ曲げたりもした。
 目の前に座っていた妹は、私の犯行の現場をしっかりとらえていて、「あっ、やっちまったな」みたいな共犯者顔になった。他の人がこないうちにスプーンをまっすぐに直したり証拠隠滅に忙しかったけど、その後に起こったことを思えば、あれはまだまだダンジョンの入り口みたいなものだったな、って思う。
 それでも私は大事なテストの直前だったから、すでに生きた心地じゃなかったけどね。
 このあと試験会場の王宮で、笑い飛ばそうにも笑顔も凍りつくようなハプニングが待っているわけなのだけど、そのときの私は知る由もないし、知らないのが普通だし、知らないのが幸せだと思う。人間なんでも知ればいいってもんじゃない。少なくともそれを学べた私の十七年間は、捨てたもんじゃないなと思う。