三年後、世界は終わる-1-03

 セレブニートに転職した。俺がじゃない、ババアがだ。

 俺はモルモット兼カバン持ちに昇格した。半分人間になった。よかったです。

 ババアはなんらかの手段を用いて研究所のお偉いさんを恐喝し、当面の軍資金八千万ゴールドと珍重なモルモットである俺を持って南の島にやってきた。ジョバンニ島とかいう辺鄙へんぴな島だ。青い空、きれいな海、おいしいくだものがいっぱいある地上の楽園。ついでに税の楽園でもある。

 俺は目的地を聞かされるまでジョバンニ島のことを知らなかった。乗り換えで立ち寄ったニシェラ空港のラウンジで、暇を持て余したのでちょこっと調べてみた。そしたら「ジョバンニ タックスヘイブン」「ジョバンニ 脱税」「ジョバンニ ペーパーカンパニー」なんていう予測候補が出てくる出てくる。

 「勇者」というものがどれだけもうかるのか俺にはわからない。アンジェリカさんには、それなりの鉱脈に見えているようだ。なんとか俺を一人前にして、しかるべき後にえげつなく金儲けをするつもりでいるんだろう。とりあえず今年度は強奪した八千万ゴールド込みでの確定申告もあるからな。

 それにしても、タックスヘイブンに律義に事業の実態を持ってくるやつも珍しい。

「アンジェリカさんって、意外と善良なんですね」

 と、ニシェラからジョバンニに向かう機内でそれとなく褒めてやったら、ババアはまんざらでもなかったらしく、

「そうよ、私は善良なのよ。見るからにそうでしょう?」

 と言って、俺のテーブルに置いてあったマティーニを奪い取ってうまそうに飲んだ。

 本土から南東にゆくことおよそ一〇〇〇海里。ニシェラプル諸島という火山列島がある。ジョバンニはかつてその島を発見したとかいう冒険家の名前だ。しかも、そいつが初代の「勇者」だという。

 ときは大航海時代。

 ジョバンニは一獲千金を目指して大海原に繰り出した、どこにでもいる陽気な馬鹿だ。レアモンスターを追って植民地を転々とするうちに、伝説のドラゴンであるプロフスエウディゴの片割れを狩ってしまった。

 うだつのあがらないモンスターハンターは一躍時の人となった。クリスティナ女王陛下にナイトの称号を与えられて、ニシェラプル諸島の初代総督となった。

 また、うわさの域を出ないが、ジョバンニは大の熟女好きだったらしい。だから、熟女の中の熟女クリスティナ陛下の騎士になれて、それはそれはヘブン状態だったそうだ。本土では人目をはばかって、ニシェラプルでは人目をはばからずに、女王陛下ぺろぺろハァハァくんかくんかしていたらしい。

 けれどジョバンニは馬鹿だったから副総督にはめられた。大恩あるクリスティナ女王の跡を継いで「日の沈まぬ帝国」を築き上げたローデリク王の怒りを買い、処刑された。彼の忠誠が帝国にではなくクリスティナ女王個人に向けられていたのも、ローデリクに嫌われた原因だと言われている。

 ま、自分の母親でヘブン状態のおっさんとか、普通に嫌だろうな。

 しかし、この惨劇こそが、本当の聖剣伝説のはじまりだった。

 ハチの巣にされたはずのジョバンニの遺体は、処刑のために括りつけた支柱から消えた。その代り、支柱に寄りそうように剣が刺さっていた。黒鋼を土台に紅蓮ぐれんほのおの文様が踊る、躍動感にあふれながらもどす黒いオーラをはらんだ一振りの大剣だ。剣は誰にも持てず、当時の最先端の魔術でも機械でもびくともしない。

 が、ローデリク王その人が触ると、剣は再び消失した。

 ここからローデリクの華々しい半生がはじまった。彼は二代目の勇者と言われているが、個人としての魔物討伐の実績はゼロだ。ただ帝国人民による植民活動の結果滅亡に追いやられた魔族、治安維持のために討伐された魔物まで入れると、その実績は他の庶民勇者の追随を許さない。

 国王としては、クリスティナ女王時代から蓄積された外洋航海のノウハウを生かして交易路の安定に尽力した。同じ海洋国家としてしのぎを削っていた隣国の王女と結婚し、陰謀の気配を匂わせながらも同国を併合、さらには商売敵でもあった通商都市同盟との海戦に勝利し帝国海軍は無敵艦隊の名をほしいままにした。

 栄華の頂点にいるかに思われたローデリクは、しかしながらジョバンニ同様、非業の死を遂げることになる。

 新大陸で散々荒稼ぎしておきながら、教会に貢いでやらなかったうえに、枢機卿すうきけいとして送り込んだ息子を新教皇にしようと画策したことで、当時の教皇との間に修復不能の溝を作ったようだ。

 教会の息がかかった司法院が突然の不信任を突きつけて、ローデリク王はそれを拒否。大砲三百門を含む正規兵一万人を相手にたった一人正門を守って立ち往生するという、セレブにあるまじきハードボイルドな死に方をした。ジョバンニのときとまったく同じように、後には剣が残された。さすがに同じことが二度も続くと人々は気味悪がった。

 その剣をローデリク征服王の聖剣とし、神殿を設けて隔離した。後に教会は手のひらを返してローデリクを聖人認定し、神殿は教会として生まれ変わる。

 ジョバンニの剣なんていう名前にならなかったのは、単純に格好よくなかったからだと思う。俺はジョバンニのこと嫌いじゃないけどね。

 ところでジョバンニの墓はない。ジョバンニ島がやつの墓標だ。

 ――と、以上が機内にあった冊子とネットの情報をもとに、俺なりの考察を加えたジョバンニ島と聖剣の概要だ。熟女うんぬんのソースは怪しいまとめサイトだからうそっぽいけれど、ジョバンニならぺろぺろはあはあしてただろうなぁ、と思う程度には五〇〇年前を生きたおっさんに親しみを覚えるようになった。

 日が暮れてしばらくして、ジョバンニ島にたどりついた。

 研究所を発ったのが朝だったから、まる一日かけたことになる。直行便なら五時間もあれば余裕らしいけど、ニシェラでの乗り換えに時間がかかった。

 ところで俺は生まれてこの方、あまり飛行機というものに乗ったことがなくて、空港っていうものはもっと仰々しいところだと思っていた。ゲートの前にも後ろにもいろんなものが集まってて、あの空間が俺にとってはすでに一大アトラクションなのだ。

 けれど、ジョバンニ空港はそんな俺の思い込みを頭から否定してくれるちっぽけな空港だった。

 滑走路が一本あって、端に建物が集まっている。空港の施設のほぼすべてだ。飛行機を降りて荷物を受け取って、外に出ると普通に家が建っているので、いきなり日常に戻されて面食らう。空港がこんなにカジュアルな存在だとは思わなかった。

 アンジェリカがすでに手配していたのか、ホテルの人が俺たちの到着を待っていた。よく日に焼けたごつそうなおっさんだ。ピチピチのTシャツには、「カレイド・イン・ジョバンニ」と書いてある。

 おっさんはアンジェリカと俺に力強く握手して車に案内する。顎ひげをわさっと生やしたところに敢えてのスキンヘッドでごつさをアピールしているけれど、すこししゃべってみた感じ、おっさんというほどの年でもないのかなという気がしてきた。老け顔なだけで、俺と十も違わないのかもしれない。

 おっさんは、ジョバンニ島の魅力について熱心に語りながら安定したステアリングを見せる。街灯はまばらだ。ときおり虫の鳴き声が高まって、あっという間に通りすぎる。おっさんが、

の声が大きくてびっくりしたでしょう。この島では年中大合唱ですよ」

 と、俺に言う。なぜなら、いつのまにか大きな麦わら帽子にワンピース姿になって休暇を満喫しにきたOL風に変身していたアンジェリカは、意味深にほほ笑みつつも、さっきからおっさんの話をまるで聞いていないからだ。

「さかな?」
「ええそうです」

 答えるおっさんは、心なしか得意げだ。

「魚といっても普通の魚じゃない。脚が生えた魚です」
「……えっと、それって魚なんですかね?」
「それだけじゃない。連中は人をさらうんですよ。だからお客さんも気をつけて」

 脚の生えた魚が人をさらう? 魚が陸で鳴いている、というだけでも意味がわからないのに、人間を拉致してくとか、このおっさん、俺のことを馬鹿にしてんのかな?

 バックミラー越しに表情をうかがうものの、おっさんは真顔で道路に意識を向けていて、その真意は窺い知れない。

 俺はため息まじりに適当なあいづちをうつ。

「……とてもファンタスティックな島なんですね」
「でも昼間出歩くだけなら大丈夫です。連中は森の方にいますから。でも夜になると人里に出てくるんですよ」

 おっさんの与太話はよどみなく続く。

 この車の座席は決して小さくはないけれど、おっさんは大柄だから運転席にみっちり詰まっている感じだ。

 ひるがえって俺は、体格も普通だし、南国の人間に比べたら色白もいいところだ。

(このおっさんのほうが、勇者って感じだな)

 魔力はない。腕力も人並だ。どうして俺なんだろうなという疑問はいつも胸の内にくすぶっている。

 そうこうしているうちに、夜闇に沈みゆく道の先に、ぼんやりとオレンジ色に輝く建物が見えてきた。ゲストハウスのようだ。あれが、目的地の「カレイド・イン・ジョバンニ」だろう。

 どうも、古代魔術エンシェント・アーツの専門家とやらが、この島の奥地に暮らしているらしい。

 宿に落ち着いて、さっそく丘下を見下ろせるキッチンで夕飯にありつきながら、アンジェリカ様が偉そうに教えてくれた。

「けれど、島民と最後に交流したのは百年前だと聞いているわ」

 俺は、この件に関して積極的にからむつもりはなかったけれど、さすがにツッコミを入れざるを得ない。

 口に持っていきかけたフォークで、思わずアンジェリカのほうを指した。マスの燻製くんせいをぶっさしたままだ。

「待てよ、そいつはもう死んでるんじゃないのか?」

 アンジェリカは、ふっと人を小ばかにしたみたいに笑った。得意げにココナッツミルクを飲む。それは、俺たちを迎えにきてくれたここのオーナーのおっさんが「遠路はるばるお疲れさま。サービスだ」と言ってわざわざ俺のために絞ってくれたやつだ。モルモットに財産権はないので、その主人が利益を享受するのは、アンジェリカ様にとって当然のことである。

「ジョバンニ島に出現したのは三百年前よ。それから二百年は島民と共生してたんだから、百年くらいどうってことないわよ」

 俺は急にめんどくさくなって構えたフォークを下した。

「……寿命に関してはもう突っ込まないことにする……けどさ、百年前にぽっくり死んだから島民の前に姿を現わさなくなった、とか、そういう可能性もあるだろ」
「馬鹿ね。人間が何百年も生きられるわけがないじゃない」
「だよな! 俺はそこを突っ込みたかったんだ」

 珍しくババアと意見が合ったので、不覚にも感動を覚えて声が上ずる。が、ババアがこの衝撃を共有することはなかったようだ。

「私がいつ、古代魔術の専門家が一個人であると言った?」

 俺はびっくりして首を振った。アンジェリカ様はまたグラスを口に寄せてふふふと笑った。いつになくご機嫌だ。そりゃあ、八千万ゴールドもせしめることができたんだから、ゴリラババアでなくてもご機嫌になるわな。

「ジョバンニ島は、最後のプロフスエウディゴが生息していた島なのね。そこに暮らす魔術師集団。しかも産業化の波が及んで社会との関りを絶った。近代化の影響を受けなかった彼らは、より純粋な形でいにしえの魔術を伝えているはずなの」
「……ふぅん」

 とりあえず、ババアが言う専門家とやらが一人じゃないっぽいというのと、そいつらが死に絶えてなければ、スカウトしたい的な希望を持っているらしいことはわかった。

 俺たちはさっそくおっさんにボートを借りることにした。

 カレイド・イン・ジョバンニはアットホームでなんでもありだ。お願いすればボートやつりざおを貸してくれるし、おっさんに時間があれば島内ツアーもやってくれる。

 ジョバンニ島はそう大きな島じゃないから、小さな観光セクションで分業が進まないのも当然だろう――と、食後のラム酒を飲みながらババアが偉そうに言っていた。さっきからやたらとご機嫌なのは、酔っ払ってるせいもあるらしい。そういえば、なんだかんだアルコールを摂取してたなと思い出す。飛行機の中でマティーニも奪われたわ。

 ボートを借りるついでに、島の奥地へのアクセスを聞いたら、おっさんは残念そうに首を振った。

「悪いことは言いません。西側は深い森です。よしたほうがいいですよ」
「その深い森に用があるのよ」
「あそこには、観光客が行って楽しいことはなにもありませんよ」
「もしかして、未開の原住民でもいるのかしら」

 アンジェリカがオーナーに挑発的に迫った。どういうわけか、おっさんはたじたじとなった。

「そんなやつらはいません」

 と、アンジェリカを避けるように反り気味になりながら、ぎこちなく答える。

「行かないほうがいいその西の森に、私たちの探す人材がいるはずなの」

 するとおっさんは諦めたように肩をすくめ、それから奥にむかって声を張り上げた。

「おおい、ばあさん。お客さんたちに話してやってくれないか」

 いったいなにを? と思って待っていると、奥からカツンカツンと硬質な音とともに小さな人影が出てきた。しわくちゃで色黒で、とにかく眼光鋭い婆さんだ。容易に凶器に転じそうなごつい杖をついている。