賑やかしに悪魔を召喚してみた

「そうだ悪魔を召喚しよう」

 と、あかねは思った。特に理由はないけれど、悪魔を召喚すれば賑やかしになるし、もしかしたらクリスマスを終了させられるかもしれないので一石二鳥かなと思った。

 意気揚々と悪魔召喚の準備をする。

 だが、悲しいかな。所詮は素人仕事だ。ろうそくはおばあちゃんにもらった仏壇用だし、意味深な雰囲気を醸している鍋も、実はIHヒーターにもガスコンロにも対応な便利なやつだ。しかも使用した痕跡は皆無、新古品としてオークションに出品できる代物である。

 生贄は怖くて用意していない。アロマを焚いてそれっぽい雰囲気を出そうとしてみたものの、ラベンダーの香りがそこはかとなくトイレの芳香剤ぽくって全然ダメだ。
 これではまともな悪魔なんて召喚できるわけがない。

 実際、召喚できたのは気の弱そうな名もなき悪魔だった。分不相応にもマモンとかベルゼブブといった有名どころを狙っていた茜は失望を隠せない。
 ビール臭いため息まじりに頭をかかえた。

「……」
「えっと……なんか……すいません……」

 召喚主の横柄な態度に、悪魔は己の本分を忘れてすっかりたじたじだ。茜も内心たじたじだ。悪魔の見てくれは、天使の毛色を単純に黒っぽくしてみました的な安直さで、いちおう牙とか角とか蝙蝠っぽい邪悪気な羽もついてはいるものの、迫力がないにも程があるというか、かるく詐欺に遭った気分である。
 もっとも、酒の勢いで適当にやった茜がいけないのであって、それでも律儀にやってきた悪魔はむしろ真面目で良いやつなのだけど、よっぱらいにそういうまともな理屈は通じない。

「あんた……なに悪魔よ……階級は?」
「階級は……えっと、すいません、普通の悪魔です……」
「つまり、ヒラってことか……まあいいわ」
「えっと、その、本当に、ごめんなさい」
「いいってことよ。私も、なんつーか、初めての召喚だし、短い間だけど、お互い仲良くしよう」

 悪魔は恐縮しきってしまって、茜がなにもいわないのにぴしっと正座している。

「で、さっそくだけどさ、契約。いけるかな?」
「は、はい、僕にできることでしたら」
「今日ってクリスマス・イブじゃん? 世間は浮かれているわけよ。で、私はボッチで悪魔召喚とかしてるわけじゃん。その格差がえげつないっていうか。だから中止にしたいんだよね。世界平和は平等からはじまると思うんだよ」
「えっ……それは、あの……」
「代価に魂とか? いいよ。一緒に世界をぶっ壊そうぜ」

 それっぽく悪そうな提案をしてみたものの、悪魔は困り果てている。

召喚主おきゃくさん、困ります……」
「そこをなんとか」

 茜は酒臭い息をむっはぁと吐きながら詰め寄った。

「僕は、そのぅ、力がないので、ターミネイト系の契約は無理です」

 と、悪魔がしどろもどろ言う。

「あ゛ー!」

 茜が唐突に大きな声を出した。そしてこたつの天板に突っ伏した。くぐもった声で悪魔を促す。

「こたつ、入りなよ」
「えっ、いいんですか? クリスマス中止はできないですけど……」
「無理なんでしょ? べつにいいよ。言ってみただけだから」
「ほんと、すいません」

 茜は、がばっと顔を上げて天板に頭突きを食らわせる。その衝撃に悪魔がびくっとする。

「辛気臭いのなし! 私もむちゃぶりして悪かったよ。逆に聞くけど、どんなことならできるわけ?」

 悪魔はもじもじしながら答えた。

「えっと、一番得意なのはクッキーを焼くことです」
「は? てめぇの趣味を聞いてんじゃねぇぞ」

 悪魔はすぐにしゅんとなった。

「……でも……でもッ」
「ごめん、悪かった。クッキー、良いよね。でも今はうどんの気分。そうだ。鍋にしよう」
「お鍋ですか」
「夕飯は食べてきた? いまお腹すいてない?」
「聖夜に寄せ鍋ですか」
「ほら、一人暮らしだと鍋とかやんないし、せっかくだから楽しくやろうぜ。今晩は――えっと、何時間いてくれるの?」
「今回は六時間のセミフリー・プランです」
「へぇ……そういうプランがあるんだ。了解した」
「よ、よろしくおねがいします……」

 悪魔は行儀よく頭を下げた。

 突発的に悪魔を召喚して、突発的に寄せ鍋やろうと思い立ったので、当然茜の部屋にはしかるべき材料がない。適切な鍋もない。

 そこで一緒に近所のスーパーに買い出しに行くことにした。外は寒い。悪魔は手際よく魔界からコートを召喚した。茜はその一連の流れを見て、召喚には魔方陣も必要だと気づいた。ニット帽で頭を覆って、ダッフルコートを完全武装した悪魔は、犬歯とか瞳孔とかをまじまじと見なければどこにでもいるおちびちゃんである。

 街路には風に乗って雪がちらついている。塵のような儚さでホワイトクリスマス的情緒は皆無だが、雪を無邪気に楽しむような少女時代は茜にとって遠い過去だ。

「うわっ、さっみぃな! ふざけんなよ」

 と、暗い空に向かって悪態をつく。悪魔は愛想笑いを浮かべて一歩半うしろをついてくる。

 結局スーパーまでは辿り着かず、途中のコンビニでお菓子を買い込む。その時点で寄せ鍋への情熱は忘れてしまっている。ジングルベルが陽気に鳴っている店内で、それでもなおお鍋セットを探し求めるような不撓不屈の精神は持ち合わせていない。悪魔にはトマトジュースを買ってあげた。人の生き血と勘違いしているのか、とっても嬉しそうだ。ビールの補充も忘れない。茜はラガー派だ。
 しかしながら、いつものコンビニでも道連れのいるコンビニはどこか新鮮である。

 寒さに文句を言いながら部屋に戻ってきて、まともな食料を買っていないことに玄関の扉を閉めてから気づく。もう一度外に出るのはごめんだ。うどんは、カップ麺の備蓄があるからそれで妥協するとして、問題は悪魔の夕飯だ。トマトジュースもうれしそうだったし、きっと血を連想するものが食べたいにちがいないと思って、ピザを注文する。マルゲリータとマリナーラ。普通においしそうだ。

 悪魔は買ってきたお菓子をせっせとテーブルの上に並べている。わざわざ魔界からかわいいお皿を召喚して盛りわけて、女子力の高さを見せつけてくれる。
 こうして茜がカップ麺を仕込んでいる間に、こたつの上はすっかりパーティ仕様になっていた。

 テーブルクロスは、黒魔術っぽい怪しい文字とか魔方陣を編み込んだレース模様。中央には紫色の葉っぱに橙色の蕾のついた、いかにも魔界っぽい花が飾られている。その周囲を、まるで来るべき儀式で殺される生贄のように並べられているのが、サンタクロースをかたどったキャンドルだ。不気味さとひょうきんさを併せ持ったお顔立ちは、いっぽ間違えれば人を呪い殺せそうなパワーを秘めている。

 と言った感じで、細部は正しく悪魔的なのであるが、全体を見るとファンシーだ。不気味なサンタクロース・キャンドルも、集まると不思議と可愛らしい感じがするし、純粋に仲良くお花を眺めているように見えなくもない。コンビニで買ってきたお菓子はインスタ映えとか考慮された感じに並べられていて、悪魔のリア充的ホスピタリティを感じる。

「精一杯、魔界っぽくデコレーションしてみました!」

 と、誇らしげに言う悪魔の努力とは裏腹に、かわいらしい内面の滲み出る結果となっている。

「おぅ、いいね」

 おざなりに応えて、茜はこたつに足を突っ込む。その心を占めるのは、うどんとビールだけである。

 サンタクロース・キャンドルどもの頭部に次々と火がつけられ、残虐な火刑に彩られた阿鼻叫喚のクリスマス・パーティがはじまった。

 ピザの配達は雪のために遅れるらしい。うどんを食べ終わったころに配達員から連絡がきた。いつもは、これでもかという勢いでうざいクレーマーをやるところだが、悪魔召喚を果たした茜は一味ちがう。「突然降ってきて大変ですよね。お気をつけて」などと配達員さんを心配する心の余裕があった。ボッチのクリスマスでは考えられない寛大さだ。衝動的に悪魔を召喚してよかったかもしれない、と茜は思った。実際のところは、うどんでお腹がいっぱいですぐにはピザを食べられないから配達は遅れても構わない、という大人の事情もある。

「そういえば、どうして茜さんは悪魔召喚をしようと思ったんですか?」

 と、トマトジュースを大事そうに抱えた悪魔が遠慮がちに聞いてくる。

「あん?」
「す、すいません。プライベートな話ですよね……。今の質問はなかったことにしてください」
「私さ、昨日彼氏と別れたんよ。しかも三股かけられてた」
「そ、それは……」
「でもまあ、それが原因で召喚しようって思ったわけじゃない。怒りを通り越してすでに無我の境地だったからさ」
「茜さん、すごいです」
「三股かけられてたとかいうのは個人的な話であって、世間さまが楽しんでるクリスマスを破壊する理由にはならないよね」
「その優しさ、深いですね」
「いじけてるよりもさ、ボッチなりに楽しもうと思った結果の、衝動的な悪魔召喚よ」
「ぼ、僕は、茜さんに召喚してもらえて、よ、よかったです」
「ああ゛?」
「ひっ! すいません!」
「――ごめん、私、酒入ってるといつもこんな感じだから」
「そうですか……素面の茜さんがどんな方なのか、僕、ちょっと興味があります」
「わかった。また酒が入ってないときに召喚するわ」
「――!」

 悪魔がかっと目を見開いた、かと思ったら、おこたのお布団をわさっとめくり上げる勢いで立ち上がった。茜はジュースとお菓子を身を挺して守る。

「あっぶねぇな、おい! いきなりどうした!」

 非難のこもった眼差しで見上げると、立ちすくんだ悪魔が小さく鼻をすすった。あれよあれよという間に目に大粒の涙が溢れる。びっくりした茜は、こたつに入ったままアクロバティックにドルフィンキックしてこたつから一・五メートル離れた地点に転がっていたティッシュの箱に手をかけた。腰を中心にツイストをかけつつ、その回転力に体重を乗せて一気に上体を起こす。こたつの天板につっぷすようにかじりついて、ティッシュの箱を差し出した。

「洟、垂れてんぞ」
「す、すびばせん、あねご……」
「いいから座れ。こたつに入れ」
「は、はい……」

 悪魔は素直に言うことを聞いた。

「どうしたいきなり」
「初めての指名……うれしくって……」

 悪魔は嗚咽の合間にちーんと鼻をかんだ。

「悪魔召喚って指名制だったのか」
「もちろんフリーの召喚主おきゃくもいます。今回の茜さんがそうですよね」
「なるほど」
「僕、召喚されるのは初めてじゃないんですけど、リピートしてもらえないんです」
「わかるわ。悪魔期待して召喚するとこれじゃないってなる」

 茜は真顔で頷いた。悪魔もこくりと頷いた。

「でも茜さんは、もう一度召喚するって言ってくださいました。初めてです。初めて召喚主おきゃくさんに満足してもらえた」
「そういう反省会的なのは楽屋裏でやってくれ――と言いたいところだけど、気持ちはわかるよ」
「僕、就活うまくいかなくて――ほら、天使業界って年齢構成がいびつっていうか、古い天使が幅をきかせていて若手の活躍する場がほとんどないんですよ。で、天使業界よりはチャンスのある悪魔業界に就職したんですけど、最近やっぱり悪魔向いてないのかなって思っていたところなんです」

 いや、ぶっちゃけ向いてないと思うよ? と言いたいのはやまやまな茜だけれど、真実はなによりも残酷だ。この心優しい悪魔のやる気をターミネートするのはよくないと思って茜は口をつぐんだ。

「でも、茜さんのおかげで、この業界でもやっていけそうな気がしてきて――あっ、いきなり自分語りしてすいません……」
「もっと積極的に悪魔やってみなよ。それから、自分を殺すやり方は長続きしない」

 茜は独り言のようにぼそっと言うと、自分の発言をごまかすように、ビールを煽った。

「積極的に……ですか?」
「消去的に選んだ道では大成できんよ」
「そう、ですね……」
「善悪に優劣はない。表裏一体。純然なる悪は善に転じ、純然なる善は悪に転じる」
「……哲学、ですね」
「酔っぱらいの戯言さ。真面目に聞くんじゃねぇよ」
「でも、なんかぐっときます――そうか、積極的な悪か」

 嬉しそうに呟いて、悪魔もまた茜の真似をしてトマトジュースをぐびっと飲んだ。

「他人の期待に応えようとしても苦しいだけだ。あんたらしい悪魔を求めるお客は、きっとどこかにいるはずさ」
「そ、そうですね」
「認められるまでは辛いかもしれない。だからこそ、積極的に悪を追及する必要があるんだ。あんたらしい悪をね」
「……深いですね」
「うむ」

 くそ真面目な悪魔は、茜の戯言を嫌がるどころか有難がって拝聴する。そうこうしているうちにピザが届いた。やっぱり生き血を連想するトマトソースベースのピザは良かったらしくて、ほとんど悪魔が一人で食べた。茜はうどんとビールでお腹がいっぱいでほとんど食べていない。

 お腹も心も満足してごろんと横になる。まだボッチじゃなかった去年のクリスマスよりも、うんとずっと幸せな気分だ。
 これが悪魔召喚の効果だろうか、そういえば対価はなんだ? 命? 魂?

 

 早朝、胴震いがして目が覚めた。
 こたつの電源は抜かれており、代わりにふわっふわの毛布がかけられている。茜はこんな管理の行き届いた毛布なんて持っていないから、きっと悪魔が召喚してくれたのだろう。恐ろしいくらいに気の利く悪魔だ。
 天板の上も片付けられていた。置手紙がある。

(昨晩はあねごと一緒に過ごせてうれしかったです! お言葉が一言一言魂を揺さぶるようで、本当に感動しました。姐御の教えを胸に、僕は立派な悪魔になります! また衝動的に悪魔を呼びたいと思われたときには、是非呼んでください! 僕の名前はティミドゥス。不安と弱気の悪魔です!)

 茜は字面を三秒凝視して、すぐに畳んだ。ぶっちゃけ日本語じゃないので読めなかった。会話はできるのに文字はわからない。ファンタジーじゃよくある現象だ。

 だが、その力のある筆致を見て、悪魔が満足して帰っていったことを知った。
 茜も満足して、とりあえずシンクに向かう。昨晩食べ過ぎたので、今からなにか食べる気分にはならないが、とにかく寒いので暖かい飲み物を飲みたい。
 悪魔の手紙は電子レンジの前に置いておく。謎の呪文が書いてあるけど、次回の悪魔召喚に使えそうなオーラがあるから、大切にとっておこう。
 お湯を沸かす。どうってことはない作業なのに、いい気分だ。犬も食わないような蘊蓄を熱心に聞いてくれた悪魔のおかげで、抑圧された自己顕示欲が解放されてストレス発散になったのだろう。ボッチのイブ明けとは思えない晴れやかな気分である。このタイミングでレビューを求められたら気前よく★5をつけると思う。

 来年もボッチだったら悪魔を召喚しよう、と茜は思った。いや、ボッチじゃなくても召喚するかもしれない。彼氏ができても一方的に説教かますわけにはいかないし、あいつがどんな方向に成長するのか、あねごとして見届ける責任があるような気がする。

 その日の昼に口座残高を確認したら、摘要に「ショウカンアクマ」とある怪しい引き落としがあった。一万二千円。どうもそれが今回の悪魔召喚(六時間セミフリー・プラン)の対価らしい。一時間二千円。悪魔召喚の相場がわからないので、これが高いのか安いのか茜には判断できない。

 それよりも、知らない間に口座を把握されていたことにびっくりだ。雑魚そうに見えても悪魔、ということか。
 悪魔召喚が円決済に対応しているという事実にも、地味に驚きを隠せない。