宇宙人(仮)-06

 授業が終わって学校を出ると、市内には依然「第七管区」なる表記が散在していた。

 公共交通機関はもとよりタウン誌や、地元ケーブルテレビの移動中継車にも「第一スタジオ(第七管区)」とか書かれているのを見て、司は否が応にも「第七管区」のことを思い出した。それどころか度重なる刷り込みのせいで、更新世の昔からそれが宇座市の南にあったような気すらしてくる。

 もしかしたら、司が知らないうちに白浜町が政令指定都市かなにかになって、地名が変更されたのかもしれない。太古の海で生命が誕生した確率に比べれば、めちゃくちゃ可能性がある。あり得る感じがする。

 変化に気づいたのがたまたま今朝だったというだけで、いつから変わっていたのかなど司には知る由もない……そうだ、地名の変更があったのだ。さすがに微妙なネーミングセンスだとは思うけど、よく考えればそう悪くない地名だ。もしかしたら地理院職員にSFマニアが紛れ込んでいて、そいつの趣味がうっかり花開いた結果かも知れない。

 だがもしそうならなぜ、あのねや茂部はあんな反応をしたのだろうか。行政的な地名変更なら、人に話してはいけないなんてことはないだろう。

 そもそも隕石とともにパンツ星人が降ってきた記憶のほうがおかしい。第七管区の存在のほうが千倍くらいは常識的だ。

 そう己に言い聞かせてみたものの、「宇座南駅(第七管区)」から来るバスがなんだか得体の知れないものに思えてしまう。できれば乗車を避けたい。

 翌日、司は自転車で登校した。自宅から学校までは約十キロ。司の走りを以てすれば自転車のほうが速いのであるが、宇宙戦闘民族の本気のママチャリに追い越される車の運転手がびっくりするのは申し訳ないので、敢えてのバス通学を選択していたのだ。

 自転車通学の届け出はしていないので、乗ってきたママチャリは駐輪場の端に乗り捨てる。第七管区フリーの朝は、平和だった。

 家から学校に行くだけなら、道路案内標識にも「第七管区」の文字は出てこないはずだった。一瞬「朝ケ丘岡本病院/宇座南(第七管区)駅前/精神科・心療内科」なる看板があってドキッとしたけど、それだけで済んだ。

 バスを使わなかったせいか、あのねにつかまることもなく、司は珍しく始業のチャイム前に教室にたどりついた。

 昨日はあのねに「死にたくなかったら一日中誰ともしゃべるな」と脅された。にもかかわらず、昼休みには頭のいかれた不審者たちと言葉を交わしたし、途中から参加した五時間目の授業では、遅刻の理由を問いただされて二言三言教師と言葉を交わした。

 けれど司は生きている。あの脅しはいったいなんだったのか。
 そして箝口令が出されたのは昨日だけだから、今日は第七管区のことを誰かに聞いてもいいのだろう。普段だったら、あのねと茂部以外と会話をしようなんて一ミリも思わない司だが、今回ばかりは二人以外の人間に接触する必要を感じていた。とりあえず、隣の席のやつとは今まで一度もしゃべったことがないけれど、勇気を振り絞って聞いてみるか――

 一見だるそうに机に突っ伏しつつ、心の中でそんな決心をしたちょうどそのとき、隣の席に人が来て、どすっと鞄を置いた。さっそく隣席の主がお出ましのようだ。女子っぽい、ふわっとしたいい匂いが漂ってくる。司の決心は簡単に揺らいだ。まだだ、まだ心の準備ができていない。

「まひるちゃん、おはよー!」

 と、さっそくクラスの女子が声をかけてくる。

「おはよー!」

 と、屈託なく返す声に聞き覚えがありすぎて、司は突っ伏したままぴくっと指先を動かした。それが突っ伏しモード中にできる驚きの表現の限界だ。
 クラスの女子がちょっと遠慮がちに聞いてくる。

「昨日はあのあとカフェテリアに行ってみた?」
「ううん。三年ばっかりで怖くて入れなかったよー」

 まひるちゃん=パンツ星人が、昨日屋上で見せた猛々しさとはまるで別人のようになよなよしいことを言っている。

「だよねー。それで今日さ、うちの部活で放課後カフェテリアを使う予定なんだ。もしよかったらまひるちゃんも来ない? 部活の先輩たちも一緒なんだけど、どうかな?」

 なんのことはない。部活動の勧誘のようだ。まひるちゃんは困ったように笑った。

「ごめん、今日はちょっと用事があって……また今度でいいかな?」
「そうだよね、引っ越してきたばっかりだし、忙しいよねー」
「うん……ごめんね!」

 当たり障りなく勧誘を退けたパンツ星人は、当たり前のように席につく。ごそごそと鞄の中身を整理する音が聞こえてくる。それが一通りおわると、不穏な沈黙がやってきた。司は突っ伏しているので状況がよくわからないが、たぶんまひるちゃんは微動だにせずに座っている。まるで気配がない――いや、司が気づかないうちに席を離れたのかもしれない。司には想像もできない話だが、世のコミュ強たちは、転校早々であっても校内に行く宛があったりするものだ――いや待てよ!

 司はやっと状況のおかしさに気づいた。このクラスに転入生はいないはずだった。少なくとも昨日まではいなかった。

 我慢できなくなって顔を上げた。隣の机には、あのパンツ星人・まひるちゃんが微動だにせず座っていた。しかもこっちをガン見していた。司は怯んだ。アルマジロのように背中をまるめて机に突っ伏す。これが彼の最大防御の構えだ。まひるちゃんがおもむろに口を開いた。

「白浜町が抹殺されたな」

 司はがばっと顔をあげた。まひるちゃんが最高にクールな無表情をこちらに向けている。彼女は品定めをするように、かすかに目を細めた。

「『先輩』はおまえのことをエージェントだと言っていたが、私は違うと思っている。おまえは白浜町が消えて第七管区なってしまった事実を受け止めきれず、うろたえているように見える」

 図星すぎて、司はうんうんとうなづくことしかできない。

「おまえは我々のエージェントではないにも関わらず、我々の規格にのっとったメッセージを送りつけてきた。しかも、ウサイモンの影響を受けていない」

 まひるちゃんが、ひみつの相談でもするようににゅっと身を乗り出してきた。

「おまえの所属は?」
「は?」

 困惑する司に対して、まひるちゃんはにっとしたり顔になった。

「まあいい。おいそれと身分は明かせない。それは私も同じだ」
「あ、ああ……」

 ちょうどそのとき、がらっと教室の前の扉が開いて、名簿をバシバシ叩きながら担任が入ってきた。

「はいはい、おはよう。みんな席について~」
「「おはようございまーす」」

 と、真面目な生徒たちが先生に挨拶する。司はいちおう黒板のほうにむきなおって、うつむいた。「あらホームルームの初めから司くんがいるなんて珍しいじゃない!」と余計な声を掛けられるかと思ったが、担任はスルーして点呼をはじめる。パンツ星人のことも、もちろんスルーだ。おかしい。いきなり見知らぬ生徒が増えたというのに、この担任の目は節穴か? それともやっぱり、司の記憶がおかしいのか。

 横からつんつんと二の腕を突かれる。見れば、まひるちゃんが意味深に紙きれをよこしてきている。しれっと受け取り、開いてみると、

(にしかん いっかい といれ
 ほうかご つら かせや)

 と、ものすごく汚い字で殴り書きしてあった。司はポーカーフェイスで戦慄した。