宇宙人(仮)-05

 パンツ星人(UR)が超上から目線で言う。

「見ただろ」

 司は全力で首を振った。黒地にピンクの水玉模様なんて、知らない。見えたけど見てない。自発的に見たわけじゃない。つまり、見えたのであって見たわけではない。
 パンツ星人はつかつかと階段をおりてくる。腰に手を当て、改めて偉そうに見下ろしてきた。距離とアングル的に、やっぱりスカートの中身が見えそうで見えなそうで危うい。かといって目を背けると、「人の話を聞け!」とお叱りを受けそうで、なかなか厄介なシチュエーションだ。

 パンツ星人が顔を近づけてくる。

「おい、地球人。おまえは耳が聞こえないのか?」

 司はもう一度首をふりまくった。

「なんだと? 耳は聞こえるが、しゃべれないのか?」

 司はやっぱり首をふる。するとパンツ星人は怪訝そうな顔になった。殺意が一ミリほど引っ込んだようだ。

「おまえの耳は聞こえないが、しゃべることができる。そうだな? ――と、口頭で質問したところでおまえは、聴力を持たない。だが音に反応する。ということは、わずかながらも聴力をもっているはずだ。いや待てよ、この地球人はうそをついているかもしれない」
「難しく考えすぎだ。彼はうそをついてはいない。ただ、まひるちゃんに威圧されて首ふりマシーンになってるだけだよ」

 司の背後から男の声が聞こえてくる。常識人っぽい落ち着きのある声だが、この状況からして、あのマスクと手袋をした不審者に違いない。

 まひるちゃん、と呼ばれたパンツ星人の意識が、声の主の方に向けられる。それにつられて司が後ろを振り向くと、

「ほら見た!」

 と、まひるちゃんが無慈悲に司の腹を蹴り上げる――が、自称戦闘民族設定なのは伊達じゃない。司は避けるついでにふわっと立ち上がり、腹に当たる前にその足を受け止めた。確かにパンツが丸見えだ。しかしさすがにこれは、司の責任ではないだろう。
 なんとなく勇気が湧いてきて、声もでてきた。

「そりゃ見えるだろ」
「開き直りか!」
「見られたくなければスカートの丈を長くするか、中にスパッツでも履けよ」
「なにを言ってるんだおまえは?」
「もちろん、パンツが丸見えだという話をしてる」

 まひるちゃんが眉宇に怒気をはらませた。さすがの司も、己の失言に気づいた。まひるちゃんの脚を解放した。勇気がしぼんで、ついでに声も萎れてしまう。

「いや……ほんと、パンツのこととかこれっぽちも――えっと、すいません……」
「ごまかすな。おまえはこれを見た。それは紛れもない事実だ」

 まひるちゃんはあごをしゃくった。
 ジェスチャーの命じる方向に顔を向けると、やっぱりポニーテールの不審者がいる。あちらさんは無表情で手を振り返してくる。不気味の谷のロボットのようだ。

 司は確かに不審者を見つけた。それがやばいやつだというのなら、そうなのだろう。説得力はものすごくある。
 だが「見」られてまずかったものは、どうもこれではないようだ。不審者は、ロイヤル・マナーな感じで振る手を返して、つんつんと床にほうを指してみせた。その足元にはもちろん、司の描いた地上絵がある。
 至近距離に殺気が沸き立つのを感じてまた振り返ると、まひるちゃんがものすごい形相でこっちを睨んでいた。まさか、この絵を見られたことを問題視しているのだろうか。
 司は拍子抜けした。

「これ?」
「そうだ。おまえは機密にふれた」
「機密ってなんのだよ……これは俺が描いたやつなんだが」
「なんだと!?」

 まひるちゃんが声をひっくりかえす。不審者も無言で駆け寄ってきた。司は後ろからも間合いを詰められた格好だ。まひるちゃんが、なかばひとりごとのように言う。

「我々のエージェントは宇座高校の特進クラスにいると聞いたが、こいつは顔からして特進クラスの知的水準を満たしていないように見える」
「地球人を顔で判断するのは良くないよ」と、不審者が案外まともなことを言う。「なぜなら私たちの地球人鑑識プログラムはノーマルだ。頭よさそうとか馬鹿っぽいという見極めをするには、ネイティブグレードのプログラムが必要だ」

 いや、こいつも結局人を見た目で判断しようとしている。

「そうか。ならば今からでも遅くはない、プログラムのアップグレードを申請しよう。現状、ウサイモンの活動は要観察レベルだが、すでに大規模な記憶改変を行った形跡がある」
「いいや、待つんだベンジョョコォロギィイ」

 不審者がいきなり怪音を発した。どう聞いても便所コオロギにしか聞こえなくて、司はうろたえた。まひるちゃんが、不審者をたしなめる。

「その名前を呼ぶな、先輩」
「まひるちゃん、先輩には敬語をつかいなさい。それがこのエリアのローカルルール」
「了解した、ございます。肝に銘じよう、ございます」
「よろしい」

 二人の間に、好意的な空気が流れる。司は正直それどころじゃなかった。

 確かに司は宇宙が好きだ。惑星フィロスは実在したと思うし、戦闘民族設定への思い入れも深い。けれど自分以外の人間が、大真面目に「地球人」とか「大規模な記憶改変」とか「エージェント」とか言ってるのを目の当たりにすると、ちょっと頭のおかしいひとたちなんじゃないかと思ってしまう。とんだダブルスタンダードだが、そう思ってしまうのだから仕方がない。

 なんとかしてまともな日常に戻るべきだった。幸い二人の注目は今、彼から離れている。

「慌てる必要はない。特進クラスの一年と三年にそれらしき人物がいなかったというだけで、もしかしたら行き違いがあって、一般クラスの間違いかもしれない」
「間違いでは済まないぞ。我々はもう特進クラスに転入してしまった。普通クラスと特進クラスはイベントくらいしか接点がないぞ」
「所属クラスはいつでも変更できるから問題ない。それよりも先にやるべきことがある」

 「先輩」がふいに司に目をやった。司は、二人からなるべく距離をとるべく、足音をたてずにあとずさりしているところだった。

「彼が我々のエージェントかどうかは、ちょっとつついてみればわかるだろう」

 「先輩」は第二ボタンをいじいじする。手元がふわっと発光した。深夜の校舎を黙々と照らす非常ベルのランプのような色だ。が、次の瞬間光は収縮して鋭いビームとなった。

「!」

 司は身体を左によじった。右上腕部に刺すような熱さが駆け抜けていく。ほぼ同時に左足のつま先に熱さが刺さる。ここで常人ならば、驚いてうしろにとびすさる。だが司は宇宙戦闘民族()だ。左足の負傷をものともせずにきびすをかえした。「先輩」はその背中に容赦なくビームをあびせる。

 チュン――チュン――チュン――

 ビームそのものは音を立てない。聞こえてくるのは熱がコンクリをえぐる甲高い音だ。これは絶対に当たったらやばいやつだ。司の戦闘民族としての本能がそう告げている。目で見て避ける暇なんてないし、一刻もはやくこの場から逃げなければ。

 司のとっさの判断は正しかった。
 数条の傷をこさえたものの、重傷を負う前に校舎内に飛び込む。五時間目の始まった校舎中に響くのもお構いなしに、バタンッ! と大きな音を立てて鉄扉をしめた。もちろん無慈悲に施錠する。

 ダダダダダッと、足音を響かせながら階段をかけおりる。四階の端の教室から、先生や生徒が不審そうに顔を覗かせている。

*

 まるひちゃんと「先輩」は、屋上に閉じ込められたことをまったく意に介していなかった。鉄扉を睨みながら、まひるちゃんが問う。

「どう思う?」
「まひるちゃん、敬語、忘れてる」
「ここには我々しかいないのだから、ローカルルールを適用する必要はない」
「それもそうだ」

 「先輩」は神経質そうに詰襟の襟を立てた。今のビームで若干着崩れたのだ。本名フゥンクルガシッー(人類には難しい発音)、コードネーム「杉田玄白(潜入前調査でウェブで検索して決めた)」は、地球上にはびこる「細菌」という存在に怯えていた。「細菌」にとりつかれると、顔中にできた吹き出物から緑色の膿が出たり、おしりがかゆくなってしまったり、最悪顔がキノコの山になってしまって生命活動が停止すると聞いた。
 だからこうして肌の露出を極力抑え、マスクによる吸気の濾過にも余念がないのであった。顔がキノコの山にならないためにも、制服の詰襟はしっかり立てていないといけない。

「で、おまえはどう思うんだ、先輩」

 フゥンクルガシッーこと杉田玄白もまた、鉄扉に向かって目をすがめた。そうしたからといって、明らかになる新事実はひとつもなかった。彼は構わず、まことしやかに断言した。

「そうだな。あの身のこなし、あの判断力……。我々のエージェントに間違いない!」