宇宙人(仮)-03

「でも授業がはじまるし!」
「どうせ出る気ないくせに! 今日もさぼって変な絵を描くんでしょ!」

 実際そのとおりなので、司はずるずると引きずられていく。そんな二人を追いかけてくるモブがいた。その名も茂部もぶ太郎。

 この茂部という男、じつは奇跡のモブである。
 地味で控えめな性格を表すように、鬱陶しいくらい伸びきった前髪でがっつり目元を覆っている。まるで顔面バリケードだが、どうやら前は見えているらしく、歩き方に覚束ないところはない。ちなみ司は、茂部が一重なのか二重なのかを知らない。見たことがないからだ。

 常に第一ボタンまでキッチリとしめられた制服にも、遊び心など一切存在しない。個性の発露を極限まで抑えた、見事なモブスタイルである。平均的な顔立ちに平均的な体形ゆえ、遠目では容易に群集に紛れてしまう。朝のホームルームで点呼を飛ばされることなど日常茶飯事だし、気づいたらそこにいたりいなかったりするのは平常運転。

 そもそもが地味な陰キャなのだが、陰キャであることを主張する灰汁すらないのが、この茂部という男の凄みであった。そのくせ、一匹狼(笑)な司にこうして屈託なく絡んでくるし、たまに宇宙人トークにも付き合ってくれる、数少ない地球人の友達である。

「おはよう!」

 と、声をかけられてはじめて、二人は茂部の存在に気づいた。
 あのねが悔しそうに顔をゆがめて司を解放する。人がいるところで白浜町の話をするのは危険なのだ。だが司は致命的に空気が読めない。

「茂部も第七管区のこと知ってるか?」

 あのねがぎょっと目をむき、ものすごい形相のまま口をぱくぱくさせる。声には出してないが「ちょっ、てめぇは黙ってろって!」と言っている。

 茂部もまた「ははは、なに言ってるの。そんな中二病な地名、宇座市にはないよ!」

 ……なんて言うはずがなかった。意味深に目をそらし、長すぎる前髪の先をもちょもちょといじる。もちろんうんともすんとも答えない。それが茂部のモブとしての処世術だ。

 先ほどと同じ、ぎこちない空気が流れる。それからあのねが、わざとらしく話題を変えた。

「おはよう茂部君! 今日は転校生が来るんだってね? どんな子が来るか知ってる? うわさ聞いた?」
「えっ、ええ、うん! ぼ、ぼくはまだ知らないなー!」

 茂部がその話題にわざとらしく食いついた。そうせざるをえないくらい、宇座市民にとって「第七管区」の話題は危険なのだ。

「一年と三年と一人ずつ編入なんだってー」
「へえ、三年に編入なんてめずらしいね。兄弟なのかな?」
「しらないけど、たぶんそうだよ。二人ともかなりやばいやつらだって噂になってる」

 まるで小学生の学芸会のような棒読みで三文芝居をはじめた二人の間に、司は無理やり割って入ろうとする。

「白浜町が第七管区になってて――」

 そのセリフにかぶせるように、茂部が声を上ずらせた。

「へえええええ、やばいんだ! わあ、どんな子なんだろう!!!」

 危険な話題を避けるためには、ときに目立つことも厭わない。高度に訓練されたモブにはそれができる。
 あのねも負けじと演技感を増し増しにする。

「兄もやばいけど、妹のほうが相当やばいらしくて、なんでも前の学校で五二歳妻子持ちの教頭と不倫して、それで転校してきたらしいよ!」
「白浜町がさ……」
「……ひええええええ、すごいね!」

 茂部がおおげさに頭をかかえた。モブではあるが、いざとなればアメリカでも通用するくらい激しいジェスチャーをする。あのねも感化されて顔芸が欧米化した。なんかこう、目配せ力が強くて眉がめっちゃ動く感じだ。

「あと帰国子女で、密林の中で五年くらい暮らしてたから五年くらいダブってるって。不倫のほうはさすがにガセで、実際は宇都宮の半グレ集団をうっかり殲滅しちゃって、残党から命を狙われてめんどくさいから引っ越して来たっていう話もあるよ」
「白浜町……」
「わあ! 宇都宮からの転校生なんだね! 僕、餃子好きだなー!」
「餃子の話はうかつにしないほうがいいよ、残党だと思われたら危険だよ!」
「しらはま……」
「そ、そうだね! 気をつけなくっちゃ! そうだ! そろそろ予鈴が鳴るね! 僕らは教室が遠いから、もう行かなくっちゃ!」
「そうね!」

 ちょうど予鈴が鳴りはじめた。茂部とあのねは特進クラスの優等生らしく、模範的なるんるんスキップで教室に向かおうとする。が、あのねが一瞬だけ真顔に戻って司にくぎをさす。

「死にたくなかったら、今日一日誰ともしゃべらないこと! いいね!」
「え、なんで?」

 そうこうしているうちに予鈴が鳴り終わる。あのねはすぐにお花畑モードに戻り、るんるんスキップで去っていった。

「なんでだよ……」

 頼みの綱だった知り合い二人に逃げられて、司は茫然としていた。頭の中は第七管区への疑問と突っ込みでいっぱいだ。しかも誰ともしゃべるなとか言われたし、突っ込みの嵐は行き場を失ったも同然である。

 一日中誰ともしゃべらないだけなら、まったく平気だし、むしろ司にとってはそれが日常だ。だが第七管区への突っ込みを一人で抱え続けるのは、最高峰のボッチ耐性をもってもしてもかなりの苦行である。

 未だ校門付近でつったている司に接近する人影がふたつ。

 声を掛けられるまえに気配を察知した司は、逃げるようにその場を離れようとしたが、その人物はお構いなしに呼び掛けてきた。

「おい、そこのおまえ」

 しかも声が大きい。聞こえなかったふりもできなくて、司はしぶしぶ振り返った。意味深にマスクをしている背の高い男と、エキセントリックな髪形の女の二人組だ。よく見れば、二人とも同じ学校の制服を着ていたのだけど、その無難をもってしても相殺できない、濃厚な不審者の気配が漂っている。

「そうだ、おまえだ」

 女が居丈高に言った。

「我々を職員室に案内しろ。可及的速やかにだ」

 この不審者たちは、まっすぐに職員室を襲撃するつもりのようだ。が、司はそれどころではなかった。女のほうのいでたちに心当たりがありすぎて、息の根が止まりそうだった。

 記憶が風化するには最近過ぎる、昼下がりのアルマゲドン。空から降ってきた少女――じゃなくて最直線軌道で着弾した女子のパンツの柄は、桃色ストライプ。
 その持ち主が、目の前にいた。
 しかも機嫌が極悪に振り切れている気配だ。無理もない。事故とはいえ桃色ストライプを顔面で受け止めた野郎に向かって、優しく微笑む大和撫子は絶滅したのだということくらい、地上の情勢にかぎりなく疎い司でも知っている――もっとも、あのインシデントが宇宙愛をこじらせた司の妄想の可能性は否めないが、妄想している当人がその事実に気づくことは稀だ。

 司はふらふらと後ずさりしながら、中途半端に腕をあげた。職員室はあっちだよ、と指さしたつもりだった。でも腕が震えて、うまく指せない。極めて宇宙的な髪形の女子は、さらなる情報の提供を不動の姿勢で待っている。威圧感が凄まじい。

 どうしようもなく、司は口を開いた。

「あえぃ……あちっ……へへっ……!」

 だが悲しきコミュ障の性よ。ファーストエンカウント相手にまともな言葉は出てこない。女の眼差しは敵意を帯びる一方だし、男のほうはポケットに手を突っ込んでリラックスしていて絶対に助けてくれそうにない。

 司はフィジカルのほうはそこそこ強いが、メンタルのほうは紙装甲だ。

「……ふはははははは――うひぃ!?」

 秒も経たずに耐えきれなくなって、カバンを抱えて逃げ出した。

 逃げ込んだのは、一年四組の教室だった。ちょうど点呼がはじまろうというところだった。汗だくで勢いよく駆け込んできた司に、クラス中がいぶかるような目を向けたが、べつに教室を間違えたわけではない。

「あら星野君、めずらしいじゃない」

 と、担任が名簿から顔を上げて言った。コミュ障の苦労も知らず、ご機嫌そうでなによりである。

 司は黙って会釈して、こそこそと自分の席に急いだ。とても一人で屋上にいる気分にはなれなかった。人の群れに紛れていることの安心感を、生まれてはじめて噛みしめる。

 パンツ星人ショックで第七管区のことはすっかり忘れてしまった司なのであった。