宇宙人(仮)-02

「みーたーな、地球人!」

 後頭部を強打して霞む視界のなかで、桃色のエキセントリックな――じゃなくて極めて宇宙的な髪形の女子に凄まれた。なにを見たかって? それはもちろん桃色ストライプのアレでしょうね。

 それから「教育的指導」を受けたような気もするし、べつに受けていないような気もする。というのも、あの白昼夢以来、司の記憶は曖昧だ。

 翌週月曜日の朝、家の近くのバス停にやってきた司は、電光掲示板を一瞥し、おもむろにスマホを取り出そうとして、はっとして掲示板を二度見した。

 ちなみにこの電光掲示板は、司が中学に上がる頃に、市営バスの主要本線全体に導入された。次発までの待ち時間を教えてくれるし、直近のバスが現在どの停留所を通過しているかがわかるというすぐれものだ。

 彼の母星の技術力を思えば子供のおもちゃ以下の代物だが、原始的ながらも利用者のニーズを的確にとらえた素晴らしい装置である。

 そして今、この小さな掲示板に「宇座南駅(第七管区)発宇座駅行き」のバスが前のバス停を通過したことを知らせるテロップが流れていた。

 司は「第七管区」というフレーズに猛烈な違和感を覚えた。

 いつも使っているバス停なのに、聞いたことがないし、はじめて見た。JRは住民にサプライズで新規路線を投入したのだろうか。そんなばかな。しかも「第七管区」だ。そんな中二病な地名は宇座市にはない。

 バスを待つ列から首を伸ばして時刻表を見てみる。脳内ルーツが戦闘民族なので、彼の視力は二・〇オーバーだ。日本の男子高校生の平均的な視力では識字不能な距離からも、彼は難なく字を読むことができる。

 このバス停を通る路線は四つある。そのうち二本が宇座駅行きだ。そこまでは、司の記憶と合致する。一本は私鉄宇座大野駅から、もう一本は隣町である白浜町の白浜駅と宇座市を結ぶ線――のはずなのだが、白浜駅ではなく「宇座南駅(第七管区)」と赤字で書かれていた。

 司はその文字列をじっと見つめた。けれど、穴が開くほど見つめたところで追加情報は得られない。

 仕方がないので宇座南駅について検索してみる。情報が少なすぎてヒット数はひと桁だが、宇座南駅自体は存在するようだ。次なる検索ワードは第七管区。こちらは謎の洋画タイトルを含む数万件ヒットしてしまい、目的の検索結果に辿り着くのは難しそうだ。

 司は「第七管区」が気になりすぎて、となりに立ってるサラリーマンに話しかけようかどうかものすごく迷った。それくらい「第七管区」は司の心にズキュンと刺さっていた。例えるならば、歯の間に詰まったなにかを取ろうとして突っ込んだ爪楊枝の先が折れてしまって、逆に歯の間に挟まったときのもどかしさと同程度のインパクトを持っていた。

 生粋のコミュ強には永遠にわからない悩みであるが、司は知らない人に話しかけるのが死ぬほど苦手だ。一年以上メンテンナンスしていないパラシュートを背負って高度一万メートルから飛び降りなさい、と言われるくらい緊張することだ。それでも「第七管区」の魔力に抗いきれずに、司はサラリーマンのほうに顔を向けた。

 サラリーマンは微動だにしない。奇妙に座った視線を画面に落とし、黙々とゲームをしている。朝の貴重な時間でデイリーミッションかなにかを消化しているのだ。その静かな気迫に、司は負けた。すごすごと向き直り、彼を見習ってゲームを始めた。

 けれど、すぐにタスクキルした。「第七管区」ってなんだよ、白浜町はどこにいった? どう考えてもおかしい。

 そうこうしているうちに、宇座南駅(第七管区)からのバスが来る。ぱっと見、いつものバスと変わったところはないようだ。

 宇座高校前のバス停で降りた星野司は、校門へと吸い込まれていく人の群れを無視してバスの時刻表を真剣に見ていた。ダイヤには、たぶん変化なし。ルートも変わっていないと思う。ただし「白浜」という地名が「宇座南」に置き換えられている。まるで一括置換でもしたみたいに。

 司は反対側のバス停も見に行こうとした。が、高校の校門には似つかわしくない幼い声に呼び止められる。

「おーい、つかさ! おはよ! ここまで来たのにがっこう行かないの?」

 司はふりかえった。

 明るいブラウンヘアに、くるっくるのくせっけの小動物じみた女子が手を振っている。臙脂色の宇座高校の制服を着ているが、どう見ても中学生くらいの童顔だ。制服がセーラー服なので余計にそう見える。そして実際、普通に暮らしていれば中学生をやっている年齢だ。

 佐渡あのねは小さいころからめちゃくちゃ頭がよくて、飛び級に飛び級を重ねて気がついたら司と同じ学年になっていた。しかもあのねは特進クラス、司は普通クラスなので、勉強面ではなにげに抜かされている。

 が、いまはそんな些事にとらわれているときではない。

 コミュ障で知らない人が怖い司でも、安心して「第七管区」のことを聞ける相手が出現したのだ。司はいつになく友好的に手を振り返した。

「あのね! よかった、会いたかった!」

 するとあのねは身構えた。いつもと様子がちがうので、警戒しているようだ。

「ど、どうしたの? 今日はやけにフレンドリーじゃない」
「この時刻表を見てみろよ、おかしいだろ?」

 司がバス停を小脇に抱えて持っていこうとしたので、あのねはあわてて制止した。

「待って待って、今行くから! バス停は動かさないで! いいね?」
「『第七管区』ってふざけてるよな?」

 あのねは走ってきた。

「なんだって?」
「宇座駅行きのバスってさ、白浜駅が始発だっただろ?」

 白浜というワードに反応して、あのねが一瞬顔をこわばらせる。そしてコミュ障星野司は小さな表情の変化には気づかない。

「それが宇座南駅が始発になってる。宇座南駅なんてなかったよな?」
「なにいってんの。前からあるじゃん。第七管区内だからあまり情報が入ってこないだけだよ」
「だからさ、その『第七管区』っていうのがおかしくないか?」

 そこに、次のバスが来る。白浜駅始発ではないが、「宇座南病院(第七管区)」からだ。バスが停車して、運転席側のドアが開いて宇座高校の生徒が二人降りてくる。

 司はバス側面の電光掲示板を指さした。

「ほら、白浜病院が宇座南病院に変わってる」

 彼のたわいもない一言は、その場の空気を秒で凍り付かせた。バスを降りかけた生徒が、司を見てフリーズしている。いつもポーカーフェイスなバスの運転手すらも、動揺を隠せず、制帽をひさしをつまんで無駄に下げた。

 この沈黙の一秒間は、さすがの司も「なにかまずいことを言ったらしい」と気づくくらいには異様だった。

 やがて、バスのエンジンがかかって、あたりは沈黙の呪縛から解き放たれた。

 バスから降りた生徒たちが、気まずそうに咳払いしながら司の横を通り過ぎていく。司は困惑し、あのねに向かって口を開きかけた。

 が、彼が声を発するよりも、あのねが問答無用で司の腕を引っ張るほうが早かった。校門に背を向けて、大股で進んでいくあのねが鋭く言う。

「つかさ、黙ってついてきて」
「いや、だから白浜病院が――」
「いいから黙ってついてきて」