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【連載中】宇宙人(仮)

私の故郷は宇宙の掃きだめ – 宇宙人(仮)#10

「ゴッペエエエルゲエエエェ……ムフゥン」

 宇座市に二棟だけ存在するタワーマンションの最上階、西面総ガラス張りのリビングで、ウサイモンは夕陽に染まる宇座大野川の雄姿に感嘆の唸りをあげた。

 ベルベット張りの猫足の椅子にゆったりと座り、グラスの中の赤い液体を意味深にくゆらせる。その静かで謎めいた姿は、ゲームセンターに設置されていた等身大のウザエモンにそっくりだ。
 だがオーラが違った。猫背ぎみの優しいショルダーラインが、くたびれたおっさんの雰囲気ではなく、ある種の覇気をまとっていた。眼下に広がる宇座市が、彼に力を与えているからだ。

 この景色はウサイモンの一番のお気に入りだった。良く晴れた秋の日、夕暮れの時間は、人も車も建物も街路樹も、そして街を東西に貫く宇座大野川の川面も、すべてが真っ赤に染まる。

 それは畢竟、大気の色だ。
 彼の故郷にはありえない景色だ。

 生まれたころから憧れ続けてきた『大気』の存在に、その色ごと包まれていく幸せなひととき。生まれながらにこの特権に浴するやつらには一生分かるまい。
 夕焼けとは、やさしさの色なのだ。

 ところで、ウザエモンのトレードマークであるフェミンな猫足の椅子は、正直なところウサイモンの趣味ではなかった。これは、宇座市地域振興計画のひとつであるウザエモン・プロジェクトの発起人であり、今は別々の道を歩んでいる盟友みどりさんの趣味だった。ちなみに、みどりさんとは、当時宇座市役所観光推進課の職員だった人である。

 イベントブースもアンテナショップも、ウザエモンに関するものはすべて、広報係であった彼女の謎センスと乙女趣味で染め上げられていた。ウサイモンが住むこの部屋も例外ではなかった。イメージ作りは私生活から、というのは彼女の言だ。

 みどりさんのセンスにはおおいに疑問符がつくのであるが、ウサイモンは身の回りのデザインを一新しようとは思わなかった。なぜなら、なにも持たず廃人同然だった流浪の宇宙空賊ウサイモンが、宇座市のイメージマスコットである「ウザエモン」として生まれ変わることができたのは、すべてみどりさんの尽力があってこそなのだから。

 役割。使命。居場所。愛するもの。守るべきもの。

 みどりさんは、本当に沢山のものをウサイモンに教えてくれた。新しい『生きる意味』を与えてくれた。

 大人の事情で決別した今も、彼女への敬慕の念が揺らぐことはない。みどりさんが遺したものを守ることもまた、ウサイモンの『生きる意味』の一つだ。たとえ、趣味がまったく合わなかったとしても。

「フォフォィウアッアァゲ」

 ウサイモンは、みどりさんとの思い出をいとおしむように、丁寧に丁寧にグラスをくゆらせる。中に入っているのはワインではなく、グレープジュースだ。ウザエモンは、設定上でもリアルでもお酒は飲めない。あくまでアンニュイなキャラづくりのためのパフォーマンス。これももちろん、みどりさんのプロデュースだ。

 四十万都市、宇座市。一応、中核市。地下鉄網を持たない一介の地方都市であるが、バス網の発達だけはやたらと素晴らしい宇座市。「中核市なんだし、おらが町は都会だ!」と信じて疑わない健気な田舎っぺの宇座市民。そんな宇座市の、いまいち現実を直視できていないところも含め、ウサイモンは愛おしく思う。

 美しい夕焼けに向かって、改めて誓う。ゆるキャラとして独り立ちしたあの日、みどりさんと交した約束を過たず実行する。
 彼らの無邪気で間違った自己認識を、現実のものとする。
 愛する第二の故郷である宇座市を、己の手で「日本一の都会=日本の首都」にしてみせる、と。

 

 宇座市公認キャラクターのウザエモン、本名ウサイモンは、第二宇宙歴三三〇年頃、とある星系のデブリ帯に生を受けた。正確な日時はわかっていない。

 デブリ帯にはまともな医療機関なんてないし、なんなら戸籍もない。不毛すぎてあらゆる権力が見向きもしない領域だ。他の星系ではもっとお上品に「小惑星帯」などと呼ばれるところだが、ウサイモンの故郷の星系では「掃きだめ」とあからさまに蔑まれていた。

 たしかにそこにはなにもない。大気すらない。恒星のぬくもりは瞬く間に凍てついた宇宙へと散っていく。豊かな生態系などというものは、おとぎ話の中だけの存在。毎日どこかで小惑星同士が衝突し、数多の命が宇宙の藻屑(デブリ)となる。正真正銘の掃きだめだ。

 デブリ帯の一小惑星の小さなコロニーの最深部で、古びた揺籃器から生まれたばかりのウサイモンは取り出された。地味で大人しい両親が、彼を薄暗いシェルターに迎え入れた。

 父はよく遊んでくれた。だが、なにかあるとすぐに酒を飲んで興奮し、物を叩き壊しては泣き喚いた。母は小惑星表面に堆積した磁鉄鉱を集めて小銭に換えた。それが唯一の生活の糧だった。

 今にして思えば、酒乱で物を壊してばかりいるろくでもない父親だったが、ウサイモンは父のことが好きだった。決して家族は殴らなかったから、良い父親なんだとすら思っていた。

 あるとき、遠くの星系で戦争が起きた。父は知り合いに連れられて傭兵となり、ついに帰ってこなかった。母は来る日も来る日も磁鉄鉱を集めた。生活は一向に楽にならない。

 幼体末期になるとウサイモンも家計のために磁鉄鉱拾いを手伝いはじめた。
 母はいい顔をしなかった。
 感情らしい感情をろくに表現しない母だったが、これに関しては人並みに嫌悪を示したのだ。
 そして息子に訥々と言って聞かせた。

「ウサイモン。あなたは勉強しなさい。船のことを覚えて、自分の船を持ちなさい。お父さんみたいになってはだめよ」

 ウサイモンは母の常ならぬ態度に戸惑った。けれど結局は無視してクズ鉄を集めるのだった。

 船のことを学べと言うが「掃きだめ」にいてはなにもできない。デブリ帯から出るためのツテもないし、お金もない。だが母の教え(現実的でないので夢想と言うべきだ)は、彼の心の奥底に引っかかり続けた。

 恒星が四巡した頃だった。チャンスは突然空から降ってきた。

 惑星エルギリの軌道エレベータ貨物ターミナル行きの大型運搬船がウサイモンたちのコロニー付近に不時着したのである。大気圏突入を心配することなく密航できる船が近所に出現したのだ。

「掃きだめ」から飛び立つのは今しかない。

 そう確信したウサイモンは、すぐに荷造りに取り掛かった。無事にエルギリに辿り着ける保証はなかった。辿り着けたとしても、エルギリで野垂れ死ぬかも知れない。うまく仕事が見つかったとしても、母を呼び寄せるまでには何年も、下手をすれば何十年もかかるだろう。

 それでも行くべきだと思った。ここにいたら、未来は閉ざされたままだ。

 自分の荷物をかき集めて服に縫い付け、ありったけのおこづかいをポケットに突っ込んだ。
 そんな様子を母はただ悲しげに見守っていた。

 枯れた土地に、非力な母を一人残して旅立とうとしている。
 そのことに途中で気づいて、ウサイモンは怖気づいた。自分が戻ってくるまで、この星とコロニーが壊れずに残っている可能性はどれくらいあるだろう。
 例えばある日突然巨大隕石が飛来して、いま住んでいる星が崩壊の危機に瀕したとして、お母さんは一人で脱出できるだろうか。

 内臓を吐き出しそうなくらいの狂おしさが襲ってきた。
 でも同時に理性的な部分は頑なになっていた。こんなところにいては未来がない。それは母もわかっているはずだ。だいいち船のことを勉強しなさいといったのはお母さんじゃないか!

 おんぼろ宇宙服を着込んだウサイモンに、「いってらっしゃい」と、母は言った。「いってくるよ」と、彼は答えた。まるで近くの荒野にクズ鉄を拾いに出かける日常のように。それが母と交わした最期の言葉だ。

 

 コロニーを抜けて荒野に佇む巨大な運搬船までやってきたウサイモンは、最後尾にぽっかりと空いたコンテナの搬入口にこそこそと潜り込んだ。
 どうせデブリ帯には大気がないから、離着陸時に船室に入れなくても宇宙服でやり過ごせる。行き先が軌道エレベータならなおさらだ。そう考えるのはウサイモンだけじゃない。

 搬入軌道に固定されたコンテナの影から、先客たちがギラギラとした目を向けてくる。しばらくして、故郷の白茶けて陰鬱な土漠が、ゆるゆると後方に移動しはじめた。運搬船のプライマリドライバが作動して、船に推進力を与えはじめたらしい。

 真空環境で稼働する貨物船の例に漏れず、この船も初速は恐るべき鈍さだった。もしかしたらもっとずっと前からドライバは作動していて、船の速度がようやくウサイモンに知覚できるスピードになっただけなのかも知れなかった。

 ふと彼は顔をあげた。なにかが視界の端で動いた気がしたからだ。小さな小さなクズ鉄みたいな影がこちらに向かってくる。ローバーも使わず、自分の足でジャンプ走してくる奇妙な人影だ。
 ウサイモンは背伸びをしてみた。かの人影は、まだ走りはじめの船よりは速い。乗り遅れた密航者だろうか。

 だが奇妙な人影が近づいてきて、土色に煤けた宇宙服の細部を視認したウサイモンは、びっくりして船から転げ落ちそうになった。
 狼狽えた。
 腹も立ってきた。
 なぜだ。なぜ追いかけてくる。
 お父さんのようになってはダメだと、言ったのはあんたじゃないか!

 それでもウサイモンは、一旦船から飛び降りようとした。まだ船足は遅くて、一度地面に降りても追いつけそうだった。
 そのときだった。
 船がゴウンッという重低音とともに揺れた。ドライバのモードが第二段階に移行したらしい。

 地面も揺れたのだろう、母は着地に失敗して転がった。船速が一気に増し、地面に這いつくばった母はどんどん引き離されていく。母は顔を上げた。大きな身振りで何かを訴えた。もちろん声は聞こえない。
 けれど、身振りを見れば言わんとすることはわかった。ずっと二人で支え合って生きてきたのだ。ウサイモンの頭の中で、母の声が本物の肉声のように再生された。

(……元気でね。元気でね……ちゃんとご飯を食べるんだよ……おなかをしまって、暖かくして寝るんだよ……)

 悔悟の念が、腹の底から静かに迫り上がってきた。

 ウサイモンは宇宙服の上から顔を拭おうとした。拭えないから、行き場のない腕を壁に叩きつけた。目から溢れ出す涙をどうすることもできない。

 このままエルギリまで涙と鼻水の水滴を吸って過ごすのかと思うと、げんなりした。それ以上に、決意が揺らいだ。母を「掃きだめ」に置き去りにして、本当に良かったのだろうか。

 船から振り落とされないよう、コンテナの背後にもそもそと潜り込む。取り返しのつかない後悔を胸に抱え、ウサイモンはただただ途方に暮れるのだった。

 

 船に侵入した密航者の四分の一は、巡回ドローンに発見されて宇宙空間に放り出された。四分の一は、逆に巡回ドローンによって船内に引きずり込まれた。ウサイモンがあとになって聞いた話によれば、引きずり込まれた密航者は船内で利用される酸素と水素、さらには水になるらしい。

 さすがに話がホラーすぎるので都市伝説の類だろうとは思う。ただ「無産階級」の「資源利用」が公然と行われていた時代もあったことを考えると、「馬鹿げた噂だ」と頭ごなしに否定もできない。少なくとも宇宙空間ではあらゆる資源が貴重であるし、船内に取り込まれて生きて帰ってきたという者を、ウサイモンは一人も知らなかった。

 四分の一は、航行中にショック死した。死に方は凍死であったり干物になったり、むしろ風船のようにむくんだりとまちまちだが、原因はだいたい宇宙服の不具合である。

 こうした試練を生き延びた四分の一もまた、安楽からは程遠く、極度の環境ストレスにさらされ続けた。死んだものたちとの違いは、宇宙服の性能のわずかな差でしかなかった。あるいは運命のいたずらだ。

 ウサイモンもまた、死よりも過酷な環境の試練に耐えた一人だった。膝を抱えて頭を埋め、ひたすら小さく丸くなっていた。宇宙服内部の涙交じりの空気が、いつまでも晴れなくて憂鬱だった。そして「掃きだめ」に置いてきた母のことを思うと、悲しくてまた涙が出てくる。

 あらゆる肉体的苦痛から「上の空」であったことが、結果として彼を救った。

 やがて貨物船はエルギリの軌道エレベータに到着した。

 貨物室深部の「特等席」にいた連中は、最初の自動搬出のコンテナの波に巻き込まれて圧死した。圧死を免れた者のうち何人かは自動搬出の波に乗って軌道エレベータ内に侵入しようとしたが、途中のゲートに弾き飛ばされて宇宙の藻屑となった。

 そうした阿鼻叫喚の中でも、ウサイモンは膝をかかえて放心していた。身体を預けていたコンテナは、いつの間にか消えていた。気がつけば、目の前に巡回ドローンがいた。ドローンは宇宙服の上からウサイモンの肩を捕まえた。

 うなだれるウサイモンを引きずって、船内を二区画進んだところで、ドローンは機能を停止した。見つかるのがもうちょっとはやかったら、酸素と水素と炭素とその他の元素に分解されていたのだろうか。

 その後、ウサイモンはシャットダウンしたドローンをかかえて軌道エレベータに侵入し、コンテナにつかまって地上に降りた。正確には、つかまっていたコンテナから吹っ飛ばされて、後から来るコンテナに風圧で磔にされながら、ある地点まで落下してきた。そこでドローンがセーフモードで起動して、ウサイモンをひっかけたまま貨物軌道から離脱したのである。

 ともあれウサイモンは生きていた。惑星エルギリの重力は故郷の小惑星の約二万倍。濃厚な大気に包まれた草原は、芬々とした花の香りをまとい、いままさに黄昏の色に染まろうとしていた。

 行く手にドームが見えた。それはどこまでも高く伸びていったかと思ったら、波打って引きちぎれてしまい、けれどドームはもとの形のままで、やっぱりそこにあるのだった。

 ウサイモンは、急性高重力障害を起こしていた。じめっとした土に鼻面を突っ込み、背中を圧迫する大気の重みに喘いでいた。それでも彼は生きていた。

 おんぼろの、けれども毎日手入れを欠かさず丁寧に使っていた宇宙服は、すべての試練を耐えきったのである。

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