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【連載中】宇宙人(仮)

もしかして:我々のエージェント? – 宇宙人(仮)#5

 パンツ星人が、殺意の滲む低い声で言った。

「見たな」

 司は全力で首を振った。黒地にピンクの水玉模様なんて、知らない。見えたけど見てない。自発的に見たわけじゃない。つまり、見えたのであって見たわけではない!

「そうか。見ていないのなら、今回だけは見逃してやる。即刻ここから立ち去れ」

 パンツ星人が、背後の鉄扉を親指で指した。見た目こそ華奢で乙女らしいが、言動はマカロニウェスタンのように漢らしい。

 そして、せっかくいただいた逃走のチャンスではあるが、司は足が竦んで動けなかった。パンツ星人だ、パンツ星人が現れた。謝罪しなくては、土下座して誠意を見せなくては、と思考だけが頭の中で空回りする。

 しかも一度だけではない。二度もパンツを見てしまった。いや、見えてしまったのであって、見たわけではないけれど、パンツ星人は怒っているからどっちでも同じだ。もうハラキリくらいしか謝罪方法が思いつかない。

「おい、地球人。おまえは耳が聞こえないのか?」

 司は赤べこもかくやというほどに首を振った。ただし、横に。

「なに!? 聞こえている、だと……? ならば、言葉を喋ることができないのか? だから、おまえは絵を描き立ち去った。これで間違いはないか?」

 しかし司はなおも首を横に振る。パンツ星人は怪訝そうな顔をして首を捻った。

「つまり、おまえは耳も聞こえているし、しゃべることもできる。ならば、なぜ喋らないんだ! ……そうか! 黙秘権を行使しているのだな! 面倒なやつめ!」
「まあまあ、まひるちゃん落ち着いて。多分彼は君に萎縮してるだけだと思うよ」

 司の背後から穏やかな男の声が聞こえてくる。常識人っぽい落ち着きのある声だが、この状況からして、あのマスクと白手袋をした不審者に違いない。

 まひるちゃん、と呼ばれたパンツ星人の意識が、声の主の方に向けられる。それにつられて司は後ろを振り向きかけた。

「見るんじゃない!」

 警告とともに、まひるちゃんが無慈悲に司を蹴り上げる――が、宇宙戦闘民族設定(笑)なのは伊達じゃない。司は避けるついでにふわっと立ち上がり、当たる前にその足を受け止めた。確かにパンツが丸見えだ。しかしさすがにこれは、司のせいではないだろう。
 なんとなく勇気が湧いてきて、声もでてきた。

「えっと、その……見るなと言われてもだな……」
「開き直りか!」
「見られたくなければスカートの丈を長くするか、中にスパッツでも履けよっていう話でさ……」
「なにを言ってるんだ、おまえは?」
「もちろん、パンツが丸見えだという話をしている」

 まひるちゃんが眉宇に怒気をはらませた。さすがの司も、己の失言に気づいた。おずおずと、まひるちゃんの脚を解放した。勇気がしぼんで、ついでに声も萎れてしまう。

「……パンツのこととか……これっぽちも……ほんと……ええと……」
「ごまかすな。おまえは退去を勧告したにも関わらず、居座ってこれを見ようと画策した。なにが目的だ。所属はどこだ。洗いざらい吐け」

 まひるちゃんはあごをしゃくった。ジェスチャーの命じるままに顔を向けると、やっぱりポニーテールの不審者がいる。あちらさんはご丁寧に手を振り返してくる。
 司は確かに不審者を見つけた。それがやばいやつだというのなら、そうなのだろう。説得力はものすごくある。

 だが、見られてまずかったものは、どうもそれではないようだ。不審者は、ロイヤル・マナーな感じで振る手を返して、つんつんと床を指してみせた。その足元にはもちろん、司の描いた地上絵がある。

 また至近距離に殺気が沸き立つのを感じて仕方なしに顔を向けると、まひるちゃんがものすごい形相でこっちを睨んでいた。まさか、この絵を見られたことを問題視しているのだろうか。
 司は拍子抜けした。

「これ?」
「そうだ。おまえは機密にふれようとした」
「機密ってなんのだよ……これは俺が描いたやつなんだが」
「なんだと!?」

 まひるちゃんが声をひっくりかえす。
 だがすぐに難しい顔になり、なかばひとりごとのように続けた。

「確かにこいつの作画能力は地球人離れしている……だが我々のエージェントは宇座高校の特進クラスにいると聞いた。こいつは顔からして特進クラスの知的水準を満たしていないように見える……」
「地球人を顔で判断するのは良くないよ」

 と、不審者が案外まともなことを言う。

「なぜなら私たちの地球人鑑識プログラムはノーマルだ。頭よさそうとか馬鹿っぽいという見極めをするには、ネイティブグレードのプログラムが必要だ」

 いや、こいつも結局人を見た目で判断しようとしている!

「そうか。ならば今からでも遅くはない、プログラムのアップグレードを申請しよう。現状、ウサイモンの活動は要観察レベルだが、すでに大規模な記憶改変を行った形跡がある」
「いいや、待つんだベンジョョコォロギィイ」

 不審者がいきなり怪音を発した。どう聞いても便所コオロギにしか聞こえなくて、司はうろたえた。まひるちゃんが、不審者をたしなめる。

「その名前で呼ぶな、先輩」
「まひるちゃん、先輩には敬語をつかいなさい。それがこのエリアのローカルルール」
「了解した、ございます。肝に銘じよう、ございます」
「よろしい」

 二人の間に、好意的な空気が流れる。司は正直それどころじゃなかった。

 確かに司は宇宙が好きだ。惑星フィロスは実在したと思うし、戦闘民族設定への思い入れも深い。けれど自分以外の人間が、大真面目に「地球人」とか「大規模な記憶改変」とか「エージェント」とか言ってるのを目の当たりにすると、ちょっと頭のおかしいひとたちなんじゃないかと思ってしまう。とんだダブルスタンダードだが、そう思ってしまうのだから仕方がない。

 なんとかしてまともな日常に戻るべきだった。このままでは、あまりにもアウェイだ。完全に相手のペースに飲まれており、いまさら謝罪を敢行したところで万に一も生還の目はないだろう。幸い二人の注目はいま、彼から離れている。

「慌てる必要はないよ、まひるちゃん。特進クラスの一年と三年にそれらしき人物がいなかったというだけで、もしかしたら行き違いがあって、一般クラスの間違いかもしれない」
「間違いでは済まないぞ。我々はもう特進クラスに転入してしまった。普通クラスと特進クラスはイベントくらいしか接点がないぞ」
「所属クラスはいつでも変更できるから問題ない。それよりも先にやるべきことがある」

 「先輩」がふいに司に視線をやった。司は、二人からなるべく距離をとるべく、足音をたてずにあとずさりしているところだった。

「彼が我々のエージェントかどうかは、ちょっとつついてみればわかるだろう」

 「先輩」は第二ボタンをいじいじする。手元がふわっと発光した。深夜の校舎を黙々と照らす非常ベルのランプのような色だ。が、次の瞬間光は収縮して鋭いビームとなった。

「!」

 司は身体を左によじった。
 右上腕部に刺すような熱さが駆け抜けていく。
 ほぼ同時に左足のつま先に熱さが刺さる。

 ここで常人ならば、驚いてうしろにとびすさる。だが司は宇宙戦闘民族(笑)だ。左足の負傷をものともせずに旋回した。
「先輩」はその背中に容赦なくビームを浴びせる。

 チュン――チュン――チュン――

 ビームそのものは音を立てない。聞こえてくるのは熱がコンクリをえぐる甲高い音だ。
 絶対に当たったらやばいやつだ
 司の戦闘民族としての本能(笑)がそう告げている。
 相手をしてやる義理はない。
 三十六計逃げるに如かず!

 数条の傷をこさえたものの、重傷を負う前に校舎内に飛び込む。五時間目の始まった校舎中に響くのもお構いなしに、バタンッ! と音を立てて鉄扉をしめた。もちろん無慈悲に施錠する。

 ダダダダダッと、校舎中に足音を響かせて階段を駆けおりる。四階の端の教室から、何人かが不審そうに顔を覗かせている。

 

 まひるちゃんと「先輩」は、屋上に閉じ込められたことをまったく意に介していなかった。鉄扉を睨みながら、まひるちゃんが問う。

「どう思う?」
「まひるちゃん、敬語、忘れてる」
「ここには我々しかいないのだから、ローカルルールを適用する必要はない」
「それもそうだ」

 「先輩」は神経質そうに詰襟の襟を立てた。今のビームで若干着崩れてしまったからだ。

 彼は本名をフゥンクルガシッー(人類には難しい発音)といい、コードネームは杉田玄白を名乗っている。ウェブ検索でヒットしたそれっぽい日本人の名前を適当につけた。
 日本医学の祖と言っても過言ではない偉人の名を勝手に拝借している割に、地球上にはびこる細菌という存在にとにかく怯えていた。細菌とやらにひとたびとりつかれれば、顔中にできた吹き出物から緑色の膿が出たり、おしりがかゆくなってしまったり、最悪顔がキノコの山になってしまって生命活動が停止してしまうと聞いた。

 だから、こうして肌の露出を極力抑え、マスクによる吸気の濾過にも余念がなかった。顔面をキノコの原木にしないためにも、制服の詰襟はしっかりと立てておかねばならない。

「で、おまえはどう思うんだ、先輩」

 フゥンクルガシッーこと杉田玄白もまた、鉄扉に向かって目をすがめた。そうしたからといって、明らかになる新事実はひとつもなかった。彼は構わず、まことしやかに断言した。

「そうだな。あの身のこなし、あの判断力。我々のエージェントに違いない」

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